【登場人物】
ギオン:黒崎部長に反発して退部した元文芸部員。すべてを擬音語で処理し、至高のオノマトペを探し求める求道者。
カリソメ君:物語の視点人物になりがちな、ごく普通の男子生徒。
ケニー:カリソメ君の友人。「読み専」を自称する生徒。文芸部の熱量が苦手。
【場所】
ペンタ近くにある薄暗い純喫茶。
(喫茶店のボックス席。手前にカリソメ君とケニーが座り、背後の席にギオンが一人で座っている)
カリソメ:(小声で)あそこにいるの、文芸部を辞めたギオンだよね。
ケニー:ああ。世界の現象にふさわしい至高のオノマトペを探し求めてるっていう、ヤバい奴な。
カリソメ:店員がコーヒーを持ってきた。カップをテーブルに置く音、彼ならなんて描写するんだろう。
ケニー:「ことり」なんて言ったら幻滅だな。「ことり」なんてAIしか使わないテンプレだ。モブのテキストだよ。
カリソメ:しー、静かに。来た。
(店員が無言でコーヒーカップをギオンのテーブルに置く。カチャ、とごく普通の陶器の音が鳴る)
ギオン:(カップをじっと見つめて、胃のあたりを押さえる)……違う。
カリソメ:(小声で)違うらしい。
ギオン:「カチャ」は怠慢だ。「ことり」は論外。そんなありふれた描写では、僕の固有イベントが発動しない。このペンタの下層階という重力下で、陶器と木材が接触する音……。
ケニー:(小声で)早く飲めよ、冷めるだろ。
ギオン:高校文芸界のオノマトペ王子と言われたこの俺が、今、ここに新しい事象を定義する。(一度つばを呑み)……「べちゃあ」。
(カリソメとケニー、顔を見合わせる)
カリソメ:……べちゃあ?
ケニー:べちゃあ? 水たまりかよ。きもいんだけど。
カリソメ:いや、待って。彼が「べちゃあ」と認識したということは、あのコーヒーはスライム状の毒物だという裏設定が今付与されたんじゃないか。
ケニー:裏設定って何。ただのブレンドだよ。
カリソメ:彼がああやって現実の音をバグらせることで、この喫茶店が裏ダンジョンに切り替わるフラグが立ったのかもしれない。視点人物の僕としては、ここで彼に話しかけてクエストを受注するべきか……。
ギオン:(首だけ背後を振り向いて、暗い目で)……クエストじゃない。生存戦略だ。
カリソメ:え、セイゾ……。
ギオン:普通の音を受け入れたら、ただの日常シーンで終わる。プロットの奴隷として背景に溶けて消えるんだ。音を歪めれば、世界が僕を異常者として処理しきれず、出番が延長される。
ケニー:出番って。お前、ただの客だろ。
ギオン:さあ、この「べちゃあ」という異界の泥水を飲み干して、俺のステータスに「毒耐性」と「狂気」を刻み込んでやる……。
(ギオン、震える手でコーヒーカップを持ち上げ、一口すする)
ギオン:……。
カリソメ:……どうなったの。ステータスは。
ギオン:……あつ。舌、やけどした。
ケニー:……で。
ギオン:……冷たいお水、ほしい。
(気まずい沈黙)
(幕)
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