【登場人物】
椎名 町助(作家)
真田 まる(ものがたり屋 店主)
【場面設定】
椎名町三丁目にあるものがたり屋のカウンター。町助が原稿に向かっている。

椎名町助:(シャーペンをカチカチ鳴らす)芯、なくなったぁ。
真田まる:(湯呑みを置く)そっちの引き出しに、新しいの入ってますよ。
町助:紙をひっかく感触が、もう思い出せない。小説はオワコンだよ、まる。
まる:またそんなこと言うて。お昼のコロッケ、ソース足らんかったん?
町助:いや、俺の機嫌は関係ない。小説はオワコンなんだよ。
まる:それ、公園の砂場はオワコンですか、言うてるようなもんやわ。
町助:砂場? ああ、砂場もオワコンだ。誰も遊ばないし、たまに猫が来てトイレにするだけだろう?
まる:立派な遊具ができても、子供は結局、砂場で泥だんご作ってますやんか。自分の手で形を変えられるんは、砂場くらいなもんやから。
町助:その泥汚れが鬱陶しいんだ。爪の間に入ると、なかなか取れない。スマホ時代の連中はなおさらだ。ページをめくるより、画面をなぞるほうが清潔だと思ってる。
まる:そやけど、ツルツルした画面は指先に何も残らへんよ。砂のザラザラした感触や、掘り返した時の土の匂い、そういうのが記憶にへばりつくんと違いますか。
町助:小説も砂の山だよ。必死に城を積んでも、犬にひっかけられたら終わりだ。
まる:たとえ崩れたかて、一瞬はそこにお城があった。ほんで砂が残ってたら、また別の誰かが新しいお城を作らはる。それでええやないですか。
町助:よくない。俺はおしっこなんかで溶けたりしない城が欲しいんだ。
まる:完璧やないから、また一から積み上げたくなるんやないですか。なら、砂は諦めて。ほら、そのシャーペンで。
町助:だから、芯がないって言ってるじゃないか。
まる:(芯のケースを差し出す)はい、どうぞ。砂場に当たらんと、紙に穴が開くくらい書いてくださいな。
町助:紙に穴を開けたら、下のカウンターまで傷つくだけだよ。
まる:傷がついたら、それはそれで、この店に町助さんが来はったっていう、ええ証になりますやんか。
町助:ただのボロいカウンターになるだけだ。
まる:ボロいカウンター、私は落ち着きますけどね。
町助:まると話してると、理屈が全部砂に埋もれるな。
まる:お茶、淹れ直しました。温かいうちに飲んでくださいな。
町助:ああ。
(了)
作・千早亭小倉
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