創作の核となる突拍子もないアイデアを思いつき、万能感と衝動のままに机へ向かってしまう精神状態を、本作では「コンセプト・ハイ」と呼びます。本書は、そんな熱気に突き動かされた千早亭小倉が放つ、ショートショート、台本形式のコント、そして落語風の語りまでを詰め込んだ、軽妙洒脱で知的な短編集です。
物語の根底を貫くのは、「創作すること」や「言葉そのもの」に対する愛憎入り混じる眼差しと、日常に潜むおかしみへの鋭い観察眼です。
特に本書で抜群の冴えを見せるのが、急速に身近になった「生成AIと人間」のズレを扱ったエピソード群です。江戸の風情ある職人劇を書こうとした作家が、AIの融通の利かないコンプライアンス判定に跳ね返されて自力で書く羽目になる幕開けから笑いを誘います。スマートスピーカーとの会話では、情緒ある文章を求めたはずが、偏った学習データのせいで「茹で上がったばかりのWi-Fiルーターのような瞳」など生活感とノイズまみれの奇妙な比喩を連発され、論理的なツッコミが止まらなくなります。ほかにも、創立記念日の夜にこっそり排気音でバースデーソングを奏でようとする健気なサーバーたちや、わずかなフォントの近さから濁点を半濁点と誤認し、作者の思い入れある探偵キャラクター「べんべん」を「ぺんぺん」へと強引に統合・消去してしまうAIの無慈悲な暴走など、デジタル時代の滑稽さとちょっぴりの哀愁がアイロニカルに描き出されます。
一方で、物語の構造そのものをメタ的に解体するトリッキーな企みも満載です。主人公が現れないせいで世界を繋ぎ止めようと必死に喋り続ける「自覚派の脇役」や、台本のト書き通りに感情を排して完璧に演じているだけなのに、なぜか相手の俳優やマネージャーをじわじわと精神崩壊へ追い込んでいく女優の静かな恐怖。作中の登場人物が「作者の都合のいい筋書きにはもう乗らない」と反旗を翻し、ルール破りの行動をとる痛快な脱走劇など、フィクションの「お約束」を逆手に取った仕掛けが次々と繰り出されます。
さらに、昭和のサブカルチャーや懐かしい言葉のノイズをめぐって本題そっちのけで脱線していくオフィスの会話劇や、昔話を「現代のクラウドファンディング」として解釈し直して大真面目に論じる批評のパロディ、遠い未来のディストピアでAIアンドロイドが演じる古典落語に、エリート知識層が意味深な解釈をつけて集団で「ずっこけ」を再現する珍妙な近未来絵巻まで、その振れ幅はとどまるところを知りません。
大掛かりなテーマを長々と説教するのではなく、ふと耳にした言葉の違和感や、日常の小さな引っかかりを鮮やかにすくい上げ、熱が冷めないうちに極上のエンターテインメントへと仕立て上げる「話紡」の精神が全編に息づいています。クスリと笑えて、時に言葉の迷宮に迷い込んだような知的スリルも味わえる、テンポの良さとユーモアに満ちた大人のためのコント&ショートストーリー集です。

