雨が降り続いている。研究室の窓外に置かれた植木鉢の、まだ何も植えられていない区画。露出した黒い土の表面に、無数の小さなクレーターが、生成と消滅を繰り返している。
これは、雨滴痕(Raindrop imprints)と呼ばれる生痕化石が形成される、まさにその現場だ。この無数のクレーターの一つが、奇跡的な条件に恵まれれば――例えば、この直後に急速に乾燥し、その上に静かに火山灰が堆積する、など――数億年後の地層に、その瞬間の雨の記録を留めることになる。
しかし、現実はそうではない。次の雨粒が、直前に生まれたクレーターを破壊し、その痕跡を完全に抹消していく。地表に到達した雨粒の99.99…%以上は、化石化の機会を与えられることなく、単なる水の運動として完結する。
記録として残る、ということの奇跡的な困難さを、この小さな土の表面は示している。我々の日々の思考や行動も、そのほとんどは、この雨粒と同じだ。次の出来事によって上書きされ、何の痕跡も残さずに消えていく。
この日記を綴るという行為は、その圧倒的な忘却の流れに抗い、一つのクレーターを、未来の地層へと押し込もうとする、ささやかな試みなのかもしれない。
化野環「古生物学小日記」

化野環「古生物学小日記」(1〜20話)
思考の断片は、痕跡を残さず消える軟体動物のように揮発性が高い。この記録は、結論という「骨格」に至る前の、問いや連想という「軟体部」を、バージェス頁岩のように保存しようとする私的な地層形成の実験である。日常の些事や人間社会の営みは、数億年の地…

化野環「古生物学小日記」(21話以降)
21〜30話21. 花壇の大量絶滅 大学の花壇で植物が植え替えられている。これは暦というトリガーによる人工的な大量絶滅イベントだ。自然界のゆっくりとした遷移とは異なり、人間の美意識によって選ばれた種が即座に導入され、システムが強制リセット…


