箱庭スケッチ「どっちどっち」|地層3

どっちどっち

喫茶「小古庵」の昼下がり。店の神崎志乃ママが静かにカップを磨くカウンターから少し離れたテーブルで、文芸評論家の徒然士が大仰なため息をついた。

「実に嘆かわしい。今の世は、口を開けば敵か味方か、善か悪か、好きか嫌いか、正しいか正しくないか。思考が浅薄な二択に分断され、その中間にある豊穣なものが、すべて削ぎ落とされていく。まったく、こんなことばかりしていて楽しいのかね。ちょんまげ生えるわ!」

向かいの席で彼の話を聞いていた氷上静が、表情を変えずに口を開いた。氷上静は大学で哲学を教えている。

「徒然士先生。先生ご自身が今、その世界を『楽しいか、楽しくないか』という二つの物差しで測っていますね」

「や、やめてくれ!」

徒然士が、不意に急所を突かれたように身じろぎする。隣でそのやり取りを見ていた建築家の珠環が、面白そうに目を細めた。

「ふふ、面白いわね。徒然士さんは今、『やめる』か『続ける』か、その二択を突きつけられている」

「だから、そういうのが嫌いなんだって!」

徒然士が声を荒らげた、その時だった。

店のドアが勢いよく開き、真っ赤なオーバーオール姿の男が転がり込んできた。二つ目の落語家、酔酔亭馬楼だ。

「なんだなんだなんだ? 店の外まで聞こえてきたぜ。好きだ嫌いだって、そりゃ好きです好きですって歌うなら『巡恋歌』一択だろう! で、結局のところカラオケはDAM派かジョイサウンド派か、どっちって話かい?」

徒然士、静、環の三人の思考が、数秒間、完全に停止した。やがて、それぞれの視線が馬楼に集まり、一つの言葉が重なる。

「「「だまっとれ」」」

三方向からの非難を浴びても、馬楼は全く意に介さず、人をいらっとさせるひょっとこ顔で首を傾げてみせた。

「おいおいおい、今の『だまっとれ』は、『話の腰を折るな。後でじっくり聞いてやるから今はだまっとれ』って情けをかけておくれなのかい、それとも『てめえの話なんざ、未来永劫、聞く価値もねえんだよ。金輪際だまっとれ』って腹ん中見せてやがんのか! どっちなんでえ!」 

徒然士は額に手を当て、静は面白い生き物を分析するように馬楼を見つめ、環は声を出さずに笑い転げている。

カウンターの向こうで、その一部始終を見ていた店のママ志乃は、磨き上げたカップをそっと棚に戻すと、かわいらしく片手を上げて呟いた。

「はい、コーヒーのおかわりが、いる人、いらない人……」

小古庵の古時計だけが、肯定も否定もせず、変わらないリズムを刻み続けていた。

(了)

作・千早亭小倉


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[コント台本・掌編 約600本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *引用の範囲を超える無断転載・複製を禁じます。 Copyright © 2025-2026 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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