【登場人物】
神崎一樹:ここあん高校文芸部。人間心理をデータ分析する論理の怪物。
天野光:ここあん高校文芸部。一樹の理屈を感覚で受け止める全肯定ガール。
【場面設定】
一樹が本屋から出てきたところ。光はアメリカンドッグを食べている。

天野光:一樹、結局あの分厚い本買わなかったんだ。手ぶらじゃん。
神崎一樹:ああ。パラパラと、全部で50ページほどな。
光:結構行ったじゃない。で、どうだったの?
一樹:面白かった。いや、面白そうだった、と訂正すべきか。
光:それ、違うの? 面白かったなら買えばいいのに。
一樹:50ページ読んだ時点では、「面白い」に極めて近い。だが、残りの450ページを読んでいない以上、断定するのは不正確だ。
光:出た、一樹のめんどくさいやつ。面白かったんでしょ? アメリカンドッグだって一口目から美味しいよ。
一樹:食べ物と本は構造が違う。僕が目を通していないところで評価が反転するリスクだってある。だから暫定的に「面白そう」と言うしかない。
光:でもさ、「面白そう」って、表紙やポップを見ただけの時にも言うよね。
一樹:(急に大声に)そう、そこなんだ! 完全未読の「面白そう」と、一部読んだ「面白そう」を同じ言葉で処理するのは、言葉の解像度が低すぎる。
光:あー、たしかに。一口かじったアメリカンドッグに「これ美味しそう」って言うのは変だもんね。
一樹:光の例えがずっと油寄りだが、そういうことだ。既読率10パーセントの状態を正確に示す言葉がないんだ。
光:買ってもいないのに「面白い」は偉そうだしね。
一樹:まあ、そうとも言う。
光:じゃあ、「おも」で止めておけば? まだ途中なんだし。
一樹:おも?
光:「あの本、おも、だったよ」って。これから面白くなるぞー、って感じしない?
一樹:……文法は完全に破綻しているが、現在進行形のニュアンスは出ているな。
光:うんうん。本を途中までしか読んでないから、言葉も途中まで。
一樹:不完全な状態を、不完全な音声で表現する。意外と理にかなっているかもしれない。オノマトペ王子っぽいな、光。
光:やめて! じゃあ明日、残りの「しろい」の立ち読みに付き合ってあげる。
一樹:明日は買うよ。続きが気になって仕方ないからな。
(幕)
作・千早亭小倉
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