環奈への手紙(1)

「思考のタフォノミー」……。死を、単なる終わりではなく「記録へのプロセス」として捉えるあなたの視点は、あなたが環奈だとするなら、相変わらず冷たくて、そしてゾッとするほど美しい。

あなたが書いた「揮発性の有機化合物」という言葉。調香師である私にとって、それは日常そのもの。香りは、放たれた瞬間に拡散し、薄れ、最後には消えてしまう。私はその刹那をボトルに閉じ込めようと躍起になっているけれど、あなたはそれとは真逆、数億年の重圧に耐えて残る「石」の方に価値を見出しているのね。

――地球上の生物の99%以上は、痕跡すら残さず堆積物の中に溶解し、マントルへ還っていく。

この一文を読んだとき、胸の奥が少しだけ、冷たい水に浸されたような感覚になったわ。私たちが交わした数少ない言葉も、共有できなかった時間も、その「99%」の藻屑の中に消えてしまったのかしら。母親らしい温もりを期待されるたびに、あなたが不機嫌そうに顔を背けていたのは、私が作り出す「演出された美しさ」が、あなたにとってはマントルに還るべき不純物に見えていたからなの?

バージェス頁岩けつがん。 本来なら腐り果てて消えるはずの「軟体部」を保存する奇跡の地層。あなたがこの日記を、自分の思考の「軟体部」を保存するための場所だと言うのなら、私はそこに、あなたが私に見せなかった「生々しい本当の感情」が埋まっているのではないかと、期待してしまう。

もし、これが本当にあなたの……環奈、あなたの言葉だとしたら。 私は、熟成を待つ沈香の香りを確かめるような慎重さで、あなたの思考の堆積を掘り起こしていこうと思う。

例えそこに、私という存在を否定するような、冷たい真実が埋まっていたとしても。それがあなたの「示順化石」だというのなら、私はそれを受け止める覚悟があるから。

今はまだ、何も染み込ませていないムエットを鼻先に当てるように、あなたの無機質な言葉の余白を、ただ静かに追いかけてみることにするわね。

紀子

化野環古生物小日記(1)  「思考のタフォノミー」

思考の断片は、痕跡を残さず消える軟体動物のように揮発性が高い。この日記は、結論に至る前の問いや連想という「軟体部」を、バージェス頁岩のように保存しようとする私的な地層の形成実験である。未来の自分がここから何らかの示準化石を発見できることを期待し、観測を開始する。

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
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ZINE「ほつれ」
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