コント「クッキーもロジックもポロポロ」

前段コント「クッキーは人生の味」

(続き)

【登場人物】
権田 猛
:ここあん大学院生。技術地政学×未来学を専攻。日常の些細な出来事に大国間の陰謀を見出すパラサイト。
平泉 慧:ここあん大学院生。理論物理学を専攻。エネルギー保存の法則を遵守し、無駄な動きを極端に嫌う。
花野 環奈:ここあん大学院生。古生物学を専攻。万物を地質学的なスケールで捉え、人間の悩みを誤差として処理する。

【場面設定】
ここあん大学早稲田サテライトキャンパス地下一階。学生ラウンジ「アンコンフォーミティ」。権田がスーパー「人生」のレジ袋を提げて戻ってくる。

権田猛:買ってきたぞ、クッキー! それと朗報だ。俺たちの時間は守られていた!

花野環奈:おかえり。チョコチップ入ってる?

平泉慧:(片手を紙の束の上に置き、もう一方の手を頬に添えた絶対静止の姿勢で)人生のクッキー。受け渡しにかかる移動距離を最小にするため、そこの机の角に置いて。

:それより俺の話を聞け! 調べた結果、現在のグレゴリオ暦は「400年ルール」という完璧なアルゴリズムで運用されていた。100年で割れる年は平年だが、400で割れる年は閏年になる。この緻密な計算で、ディープステートが時間をかすめ取る隙は完全に塞がれていたんだ!

:完璧なアルゴリズム? ただの近似値よ。1年で約26秒のズレが残る。

:なっ……なんだと?

:26秒の蓄積。つまり、約3300年で1日の誤差が出る。暦のシステムとしては、依然として無駄なエネルギーのロスが発生しているわね。あなたのせいで、60字も話しちゃったじゃない。

環奈:3300年でたったの1日? そんなの、地質年代から見たら誤差すら生じてないよ。1億年経っても3万日しかズレないなんて、地層の厚さにすらならない。

:誤差だと!? 1年で26秒も我々の時間が何者かに搾取されているんだぞ! 3300年後に「1日消滅させる」という名目で、奴らはまた静かに歴史を書き換える気だ!

:(眼球だけを動かして権田を見据え)……26秒。私が1年間にまばたきを我慢して削減できる運動エネルギーの総量と、ほぼ等しいわ。つまり、暦のシステムは私の省エネ計画と同レベルの精度で世界を運用している。屈辱ね。

:お前はどこで対抗意識を燃やしているんだ! これは権力による時間泥棒の陰謀だぞ!

環奈:3300年後なんて、人類が滅亡してきれいな化石になってる頃だよ。権田くんが買ってきたそのクッキーの袋も、見事な「21世紀の地層」のプラスチック層として定着してるはず。

:俺のクッキーの袋を未来の地層に組み込むな! (ハッとして)……待てよ。まさか、奴らは人類が滅亡することを見越して、3300年という猶予を……!?

:権田くん。陰謀論を構築する脳のカロリー消費が一番の無駄よ。袋を開けて。私の血糖値が下がる前に。

環奈:うん、チョコチップの糖分を今すぐ胃という地層に堆積させたい。

:くそっ! お前らには危機感というものがないのか! 俺はもう一度、人生のバックヤードに戻って、ネギの品出しをしながらこの真実をネットで告発してくる!

(権田が踵を返し、足早にラウンジを出ていく。クッキーの袋は机の角に置かれたままだ)

環奈:あ、クッキー置いていってくれた。

:ドアを閉める風圧がもったいないから、彼が戻ってくる前に食べ切ろ。

環奈:(クッキーの袋を開けながら、ジト目で平泉を見て)平泉さん。風圧とクッキーを食べることに、なんの因果関係もないよ。話が、「AだからB」になってない。

:(微動だにせず、涼しい顔で)わざとよ。このラウンジに敬意を表して、論理を「不整合(アンコンフォーミティ)」にしてあげてるの。さあ、そのチョコチップクッキーを私の口に運んで。咀嚼に使うエネルギー以外は節約したいわ。

環奈:結局、自分が動かずにカロリー摂りたいだけじゃない。はい、あーん。

(環奈が平泉の口にクッキーを放り込む。平泉は目だけを閉じて静かに咀嚼を始める)

環奈:見事な物理的消化だね。これじゃあ、未来の地層には何も残らないや。

(幕)

作・千早亭小倉

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