ショートショート「ちょんまげ生えるわ」

珈琲の黒い水面が波打ち、映り込んだ蛍光灯が揺れる。分厚い一枚板のテーブルに叩きつけられた掌の熱が、カップの底を揺らしたのだ。

「なぜだ! なぜ村の連中は使わんのだ、『ちょんまげ生えるわ』を!」

徒然士ただぜんじの口から飛んだ飛沫が、小古庵の薄暗い空気を切り裂く。対面の席。リリカは長い指先でグラスの水滴をなぞり、氷をからりと鳴らした。冷えたガラスの結露が、彼女の無関心な白い指を滑り落ちる。

「長い。発音するだけカロリーの無駄。コスパ悪すぎます」

「無駄だと!? 己の理屈を超えた不条理に直面した時の、この知的な揺らぎ! そして何より、日本語の深髄である、七・五・三の……いや、無駄のない三拍子の美しいリズムが……!」

「『ちょ・ん・ま・げ・は・え・る・わ』。八拍です。全部間違ってる。ただの偶数」

リリカの視線は、手元のスマートフォンから一ミリも動かない。画面の青い光が、彼女の無表情な顔を冷たく照らしている。

「なっ……いや、待て。『ちょん』で一拍、『まげ』で一拍、『生える』で……あ、あれ? どう数えても指が合わんぞ……?」

徒然士は宙を睨み、太い指をせわしなく折り曲げたり伸ばしたりし始めた。呼吸のたびに、彼の大きな肩が上下する。

「必死に指折って数えたり、『生える』を早口にしたり、それ自体がタイムパフォ悪すぎます。だから『まげル』でいいじゃないですか。三文字。口の筋肉も疲れない」

「まげル……だと?」

徒然士の喉の奥で、空気が奇妙な音を立てて引っかかった。

「ええ。汎用性高いですよ。『うわ、今日の抜き打ちテスト、マジまげルわー』。ほら、すごく滑らか」

「断じて滑らかではない! お前、それ完全にただの『ウケる』のノリで消費しておるではないか! 私の、あの複雑な嘆きと面白がりの混ざり合った、深い感情の淀みはどこへ行った!」

「三文字に圧縮する過程で揮発しました。感情のノイズとか、重いだけなんで」

リリカはストローを咥え、甘い琥珀色の液体を喉の奥へ流し込む。氷が再び、からりと乾いた音を立てた。

「き、揮発……!」

徒然士は崩れ落ちるように椅子に背中を預けた。軋む木音。

窓の外、ここあん村特有の濃い霧がゆっくりと形を変えていく。絶対的な無関心を貫く女子高生の前で、彼が何年も温めてきた哲学が、たった三文字のカタカナの暴力に飲み込まれ、静かに息絶えようとしていた。

(幕)

徒然士
徒然士

まったく、嘆かわしいことだ。私が知的な感情表現として好んで使っている「ちょんまげ生えるわ」が、村の連中には一向に流行らんとは。己の理屈を超えた不条理を面白がる、これほど完璧な様式美を備えた言葉の機微がなぜ分からんのだ。おまけに創造主の気まぐれか、私の設定書からこの言葉自体をなかったことにしようとする不穏な気配まで漂っておる。己の存在の輪郭すら揺らぐこの事態……わはははは、これこそまさに、ちょんまげが二本生えるわ!

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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喫茶店「小古庵」
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