【登場人物】
徒然士: 劇団「かもかも」の座付き作家。完璧な様式美を信奉する、気難し屋の文芸評論家。
田中前 みち太: FMここあん局長。温厚で調整型だが、気が弱く胃も弱い。今回は演劇祭の事務局を手伝っている。
【場面設定】
演劇祭のバックヤードに設置された、簡素な事務局テント。パイプ椅子と長机が置かれ、壁には出場劇団のポスターが雑然と貼られている。机の上には審査結果が書かれた書類の束が散らばっている。

(田中前みち太が、書類の束を前にうんざりした顔で胃を押さえている。そこへ、徒然士が血相を変えてテントに飛び込んでくる)
徒然士:田中前くん! これは一体どういうことかね!
田中前みち太:(ビクッとして椅子から跳ね上がりそうになりながら)ひゃっ! これは徒然士先生、お疲れ様です……。
徒:(審査結果の集計用紙の束から、自分の劇団「かもかも」の一枚をひっつかみ、みち太の目の前に突きつけながら)この「4」という数字! 看過できん! 我が劇団「かもかも」はもとより、この演劇祭そのものの権威を揺るがす、由々しき事態だ!
みち太:(徒の剣幕に完全に気圧されながら)ま、まあまあ先生、落ち着いてください。市民審査員の方たちも、好みというものが色々ありますし……。
徒:好みだぁ!? これは趣味嗜好の問題ではない! 宇宙の法則、様式美の問題なのだよ!
みち太:(なんとか話を逸らそうと)そ、そういえば、審査委員長の米川先生、最近は少しお疲れのようで……。先日はお味噌汁の味を「なんてフォルテッシモだ」なんておっしゃって……。
徒:知らん! 米川共子の味覚がどうなろうと知ったことではない! 問題は、この採点システムの根幹が腐敗しているという事実だ! なぜ、あり得ない数字が我が劇団「かもかも」の審査結果に記されてあるのかと聞いている!
みち太:(さらにオロオロしながら)やはり、4点という評価は、先生の作品に対して不当に低く、納得いかんと……。
徒:(心底呆れたように、大きなため息をつき)……君は、芝居というものを分かっていないのだな。低いとか高いとか、そういう次元の話ではないのだ。言ってみたまえ、そもそもこの演劇祭の採点は、何点満点なんだね?
みち太:何点満点か、と?
徒:(諭すように)いいかね、田中前くん。我が劇団「かもかも」における、他の審査員の点数を見たまえ。「1」「2」「1」……。実に美しい。多少辛めではあるが、「3点満点」という様式に則って付けられた、妥当な評価だ。まだまだ劇団としては駆け出しであるしな。
みち太:……は? さ、3点満点…?
徒:(田中前の間の抜けた返事を無視し)だというのに、一人だけ「4」という数字をつけている者がいる! 満点を振り切った、あり得ない数字が! これはもう、ただのシステムの故障だろう!
みち太:(恐る恐る)あのう、先生……。
徒:なんだね? 私の戯曲のあまりの完璧さに、満点を突き破るほどの衝撃を受けたとでも言うのかね、この審査員君だか、さんだかだけは? まあ、気持ちは分からんでもないが、私はそういう甘々は嫌いなのだよ!
みち太:(絞り出すようなかすれ声で)……採点は、10点満点なんです。
徒:であるから……ん、いま、何と?
みち太:ですから、3点満点では、なくて……。
(徒然士は、何も言わず、ただ瞬きを二、三度繰り返す。そして、ゆっくりと田中前の手から劇団「かもかも」用の審査集計用紙を受け取ると、そこに書かれた「4」という数字を、生まれて初めて見る文字のように、じっと見つめた)
徒:これが宇宙の法則というものか。
(ぽつりと呟くと、徒然士は静かに踵を返し、何事もなかったかのように、テントから出ていく。残された田中前は、その小さな背中を見送り、またきりりと痛み出した胃を、そっと押さえるのだった)
作:千早亭小倉




