コント「積み重なるもの、消えゆくもの」

場所
ここあん大学学生ラウンジ「アンコンフォーミティ」(早稲田サテライトキャンパス地下)

登場人物
空野 円(そらの まどか): 哲学科講師。窓際で動かない雲をずっと見ている。
花野 環奈(はなの かんな): 古生物学M2。ソファーの横に積まれた「古本とゴミの山」に埋もれて寝ている。

【場面設定】
湿った土の匂いと、誰かが淹れて放置された安物のコーヒーの香りが漂う地下室。天井の細い窓からは、地上を歩く人々の「足首から下」だけが、忙しなく通り過ぎていくのが見える。

円:(窓の外、誰かの泥だらけのスニーカーを見つめながら)……あの靴は、どこへ行くのかしらね。右足が前に出れば、左足が後ろに置き去りにされる。歩くっていうのは、自分を少しずつ過去に捨てていく作業なのよ。

環奈:(ゴミの山からモゾモゾと這い出してくる。髪に古いレシートがくっついている)……先生、うるさいです。今、ちょうど一億年前の地層に潜り込んで、静かに「石」になろうとしてたんだから。

円:あら、起きたの。あなたのその「石になろうとする努力」、見ていて飽きないわ。でも残念ね。あなたがどれだけ動かずにいても、地下の空気はよどんで、あなたの周りには新しい「無駄なもの」が降り積もっている。

環奈:(足元の空き缶や古紙を愛おしそうに撫でて)……これはゴミじゃありません。「堆積構造」です。私がここで呼吸をして、安物の菓子パンを食べたという、確かな命の積み重なり。あと数千万年もすれば、このコンビニの袋だって立派な「生きた証の化石」になるんです。

円:数千万年、ね。……遠すぎて、今ここにあるコーヒーが冷めていることさえ、どうでもよくなってしまうわね。

環奈:そうですよ。遅刻だって、人類が誕生してから今までの時間に比べたら、たったの数秒。誤差です。……だから、昨日のゼミを休んだのも、宇宙の長い歴史から見れば「なかったこと」と同じなんです。

円:(ゆっくりと環奈を振り返る。目は笑っていない)……「ない」という言葉を、安易に使わないで。あなたがゼミに来なかったことで、私の教室には「あなたという穴」がぽっかり空いた。その穴を埋めるために、私は窓の外を流れる雲の数を数えなきゃいけなかったのよ。その虚しさ、あなたに想像できる?

環奈:……先生の「虚しい」は、普通の人の「お腹すいた」くらい日常的じゃないですか。……大体、このラウンジのソファだって、誰かが座るたびに少しずつ凹んで、形を変えていく。これも一種の地殻変動ですよ。私たちは、常に変化し続ける大地の上で、ただ翻弄されているだけの小動物なんです。だから、部屋の片付けなんて、大きな力に逆らう無意味な抵抗なんです。

円:……「逆らわない」のはいいことだわ。でもね、花野さん。あなたが「地層」と呼んでいるその山から、さっきから、とても「不透明な命の気配」がするの。……端的に言うと、昨日放り投げた納豆巻きのパックが、自分自身の輪郭を失いかけているわ。

環奈:(山をガサガサと探って)あ、これ。……本当だ。発酵がさらに進んで、土に還ろうとしてる。……生命の循環ですね。美しい……。

円:美しくないわ。それはただの「不始末」という名の影よ。光が当たらないこの地下室で、影だけが濃くなって、やがてあなた自身を飲み込んでしまう。……そうなったら、あなたはもう「花野環奈」じゃなくて、「早稲田の地下に溜まった何か」になるの。

環奈:……いいですね、それ。名前を失って、ただの堆積物として数億年後の誰かに掘り起こされる。……先生、私、家賃を払うのも、お風呂に入るのも、全部「今を生きる人間の傲慢」な気がしてきました。

円:そうね。家賃を払わなければ、あなたは社会という場所から消える。それは一つの「解脱」かもしれないわね。……でも、大家さんという名の「現実」が、あなたの扉を叩く音は、禅問答よりもずっと残酷に響くと思うけれど。

環奈:(再びゴミの山に潜り込みながら)……その時は、自分はもう数億年前の地層の一部だから、現代の通貨は通用しないって、化石のふりしてやり過ごします。

円:……ふふ。……いいわ。じゃあ、私も一緒に「消えた」ことにしてあげましょうか。

(その時、部屋の中央に置かれたAIスピーカーが、突然青く光る)

AIスピーカー:「……検索結果を表示します。『家賃・滞納・強制執行・逃げ方』。……関連キーワード:『魚の三枚おろし・骨の標本・作り方』」

環奈:(ゴミの中から顔を出して)……こいつ、私の心の中を掘り起こしやがった。

円:「しやがった」って、あなた……(再び窓の外を見て)……機械の分際で、答えを出そうとするなんて。……無粋ね。

(遠くで、共飛鳥が魚を捌き始める「トントントン」という包丁の音が響き始める)

環奈:あ、飛鳥さんがアジ捌いてる。……先生、哲学の前に、タンパク質摂りに行きませんか? 脊椎動物の進化の重みを感じながら。

円:……骨だけになったら、呼んで。それまでは、この雲がちぎれるのを見届けるから。

(幕)

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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早稲田サテライト「ラウンジ」
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