コント「太陽の辞典」

【登場人物】
リリカ
:高校生。シニカルで冷めた性格。
太陽:リリカの弟。怖いもの知らずの小学生。
矢尾 玲子:リリカと太陽の母。自己愛が強いステキさん。

場面設定
矢尾家のリビング。夕食後、テーブルの上には買ってきたばかりのケーキが並んでいる。

太陽:(ケーキに鼻を近づけて)お姉ちゃん、これ、ベルサイユの匂いがする。

リリカ:は? 大人の味ってこと?

玲子:そうね、丹波さんのところのケーキは、それなりにステキなお値段でしょう?

太陽:違うよ、うちのトイレに置いてあるくさいやつ。「ベルサイユ・ロイヤル」と同じ匂いがする、このケーキ。

リリカ:ああ、「ロイヤル・ベルサイユの香り」ね……って、あんた、高級ケーキとトイレの芳香剤が同じ匂いってどういう神経してんの?

玲子:(自分の髪を指に巻き付けながら)ちょっと太陽、ベルサイユって言ったら「ベルばら」。ステキさんのこの巻き髪だって負けてないでしょう?

リリカ:お母さん、張り合うところ間違ってるから。

太陽:だから、あのケーキ屋のおばさんは今日から「ベルサイユ」ね。

リリカ:丹波さんに言わないでよ。ケーキ買えなくなるから。

玲子:いいじゃない。喜ぶんじゃなくて?

リリカ:どうしてその名前になったか知らなければの話でしょ?

太陽:(おかまいなしに)あと、常盤荘の鴨下のおばあちゃんはね、「フジン」。

リリカ:フジンって何? 戦国ゲームか何か?

太陽:「エマニエル夫人」!

リリカ:あんた、小学生でしょう? どこでおぼえたの?

太陽:夜中にテレビのCMで見たんだもん。

玲子:夜ふかしは、お肌に悪いわよ。

リリカ:関係ない!

太陽:この間、あのおばあちゃんのアパートの前を歩いてたら、CMとおんなじ椅子に座ってたよ。

リリカ:椅子って、あの、籐の椅子?

玲子:虫干しでもしてたのかしらね?

リリカ:虫干しって、鴨下さんが?

玲子:いやあね、椅子よ。

リリカ:わかってるわよ。

玲子:太陽は、女の人をよく見てるのね。じゃあ、米山共子さんはどう? 知ってるわよね。

リリカ:お母さん、言わせないの。

太陽:ピアノの偉い人だよね。共子先生は「隠れマダム」。

リリカ:隠れマダム? いったい、どこから湧いてくるの、その言葉の数々は。

太陽:共子先生はね、すごいおしゃれして、スーパーの棚の隅に隠れててね、お店のチャイムが鳴ったら、いっぱい買い物してた。

玲子:チャイム? ああ、スーパー「人生」のタイムセールのことかしらね。♪郷田でGO! 郷田でGO!でしょ?

太陽:(一緒になって)郷田でGO! 郷田でGO!

リリカ:やめて、お願いだから。それに、隠れマダムってそもそも意味が違うような。

玲子:ねえ太陽。ママのあだ名は何かないの? ベルサイユとかエマニエルみたいに、ちょっと響きが良くてミステリアスなやつ。

リリカ:(フォークでケーキを突きながら)お母さんは「ステキさん」でいいじゃん。

玲子:プリンちゃん(リリカのこと)はだまってて。

太陽:そうだよ、ママは、ステキさんステキさんって、自分でいつも呼んでるんだし。ステキなんだからいいじゃん。

玲子:えー。ステキさんも、何かほしいのに(と言いつつまんざらでもない)。

リリカ:(ゲーという顔になりつつ、ケーキを口に入れてやめる)あーあ、せっかくのケーキが本当に芳香剤の匂いに思えてきた、もういらない。(席を立とうとする)

太陽:あ、待って。お姉ちゃんのあだ名も決まってるよ。

リリカ:は? いらないんだけど。

太陽:「冷凍焼き鳥」。

リリカ:ベルサイユにエマニエルと来て、冷凍焼き鳥? 私、冷凍で、焼き鳥?

太陽:だって、いっつも冷たい顔してるけど、チンすると、柔らかそうだもん。

リリカ:柔らかそうって。というか、チンするとって何よ。

玲子:プリンより長持ちしそうね。

リリカ:お母さんは黙ってて。

玲子:今日は、焼き鳥ね。

太陽:塩で頼んます。

リリカ:渋っ。

(幕)

作・千早亭小倉

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