コント「ヌーヴェルヴァーグ左岸派、封鎖できません」

【登場人物】
氷上 静
:小古庵の常連。理性の信奉者。
徒 然士:小古庵の常連。様式美を重んじる文芸評論家。
東山 キイロ:小古庵のアルバイト。お嬢様女子大生。吸収力が高すぎる。

【場面設定】
「小古庵」のカウンター。氷上静と徒然士が、重苦しい表情で文学の停滞について議論している。

徒然士:……ですからね、氷上さん。現代の言葉はあまりにも平坦だ。そこには、かつての作家たちが身を削って体現した、垂直方向への跳躍がないのです。

:事象を平面でしか捉えられないという指摘には、同意します。実存の深淵を覗き込むような、あの目眩を伴う文脈の断絶が、今の表現には決定的に欠落しています。

徒然士:いかにも。予定調和を破壊する、圧倒的な不条理のステップが……。

(カウンターの奥から、東山キイロが両手にコーヒーカップを持ったまま、軽快なツーステップで滑り込んでくる)

キイロ:シルヴプレ! お待たせいたしました、先生方。本日の深煎りです。

(カップから見事にコーヒーが数滴こぼれ、ソーサーを濡らす)

:キイロさん。フランス語の挨拶が奨励される時間帯とは思えないのだけど。それに、そのステップは接客の動線として極めて非効率でしょう。コーヒーがこぼれています。

徒然士:確かにこれでは、キイロではなく、赤信号だ。いや、待て、氷上さん。いまの彼女のステップ……そして「シルヴプレ」。キイロくん、君はまさかジャック・ドゥミ監督の『ロシュフォールの恋人たち』の双子姉妹の動きを……?

キイロ:あ、先生わかりました? 昨日、深夜の映画劇場でやってたんですよ。もう、音楽がすっごく素敵で、朝からずっと頭の中で鳴ってて。こう、トトン、タンッ! って。

(キイロ、まったく悪びれずにその場で軽やかにターンを決める)

:なんて無邪気な。私たちの語っていた「文脈の断絶」を彼女が今、物理的に実演しましたね。純粋に無意識のままに。

徒然士:(頭を抱えて)ちょんまげ生えるわ……! 我々が小一時間かけて構築した実存の絶望を、カトリーヌ・ドヌーヴのステップ一つで軽々と飛び越えおった!

キイロ:(きょとんとして)絶望? ああ、コーヒーが少しこぼれちゃったことですか? 大丈夫です、台拭き、トレビアンに持ってきますから!

(キイロ、再びミュージカル調のステップで奥へ引っ込んでいく)

:……彼女の前では、私たちの深刻さはすべて、三流の喜劇に成り下がりますね。

徒然士:ああ、見事なまでの、陽気な無理解だ。

(幕)

作・千早亭小倉

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