
東北の交響楽団でソリストとして成功を収め、一流のピアニストとなった糠森ひな。しかし、彼女が東京へ戻るたびに繰り広げられる実家の母・かなめとの冷戦は、クラシック音楽の解釈といった高尚な理由によるものではありません。
「送ってきたタッパーを洗わずに返した」
「柔軟剤の匂いが変わって、五線譜に集中できない」
そんな、中学生でも呆れるほどくだらない「生活の摩擦」が原因でした。
かなめは幼い頃から、ひなの指を徹底的に管理してきました。爪が割れるからと学校の体育も家庭科もすべて休ませ、包丁など一度も握らせずに育てたのです。ある日、ひなの師匠である米山共子が、表面上はのんびりした顔つきで、糠森家を訪れます。共子は、糠森家の生活の匂いから、かなめとひなの危うい関係性を嗅ぎ取り、少しだけ眉をひそめました。
「かなめさん。箱入り娘のままだと、ピアノの音までお上品に小さくなってしまうわ。泥にまみれたり不器用でも林檎の皮を剥いたりするような生身の経験がないと。技術で満点を取れても、そこに魂が宿ることはないんじゃない?」
共子の言葉に、かなめは最初は縮こまり、引きつった笑みを浮かべて「おっしゃる通りですわ」「先生のおっしゃることは重々分かっております」と何度も小さく頭を下げていた。演出家としての共子の威圧感の前に、娘を預ける親として腰の低い姿勢を保とうとしていたのだ。 しかし、愛娘の身体や生活にまで話が及ぶと、胸の奥で抑えていた母親としての防衛本能が弾けた。へりくだっていた背筋を急に伸ばし、共子の顔を強く見つめ返して言い返す。
「――ですが共子先生。先生には、あの子の指先にできた、たったひとつのささくれの痛みだって分からないはずですわ。この子の指は、私が守らなければ誰が守るというのですか。世界にたったひとつの宝石なんですよ。お味噌汁の出汁を取ることだって、私がやれば済むことです。あの子には、鍵盤だけを触らせます」
かなめは、なぜ「3女神」になれなかったのか?
かなめには、ここあん村の「3人の女神」と呼ばれる、氷上冬子や中野あやね、米山共子のように、人生を喜劇や舞台として冷ややかに達観する「観客の視線」が最初から欠落していました。「あのこと」が起きて避難所で暮らしていた際も、冬子やあやねがそれぞれの沈黙や人生哲学で周囲に相対する中、かなめだけは「ひなの指が乾燥してひび割れてしまう!」と、配給の貴重なワセリンを必死に確保しようとして、周囲の大人から「空気の読めない母親」と眉をひそめられていたのです。
娘のテレビ出演をミーハーに近所に触れ回り、お裾分けのタッパーに執着する。その格好悪くて生々しい「当事者の熱」を抱え続けているからこそ、かなめは冷徹な「女神」の席には座れず、今もひなと終わりのない泥臭い冷戦を演じているのです。



