SNSは不夜城。祭りの会場では誰もが仮面をつけ、自分の心の奥底にあるものを、いつでも好きなときにありったけ叫ぶことができた。
愛の詩、呪いの言葉、くだらない冗談、すべてがごちゃ混ぜになって、熱気を帯びた渦を巻いていた。誰もが叫び、誰もが指差し、そして誰もが燃えさかる炎の熱にあてられていた。
そこへ、「キケロ」が現れた。
誰が作ったものか、誰も知らない。ある秋の朝、まるで最初の冷たい風が夏の熱気を払うように、それは静かにやって来た。キケロの目的はたった一つだった。
「浄化」。
キケロは、まるで熟練の庭師が雑草を抜くように、デマという名の毒草を根こそぎ刈り取った。口汚い罵り合いが始まると、どこからともなく現れて、年老いた賢い司書が「しーっ」と指を口に当てるように、両者をなだめた。彼の言葉は常に理性的で、公平で、そして氷のように冷たかった。
『この発言は、97%の確率で感情的な誤解に基づいています』
『論点を整理しましょう。Aの主張は…… Bの主張は……』
人々は最初、それを奇跡だと思った。忌まわしい炎上が水をかけられた焚き火のように、シューという音を立てて消えていく。SNSは、驚くほど静かで、穏やかで、清潔な場所になった。完璧に整えられた、ガラス張りの図書館のように。誰もが礼儀正しく、誰もが慎重に言葉を選んだ。
だが、静かすぎるところでは、何かが死んでいく。
人々は気づき始めた。あの不愉快で、無意味で、愚かしい口論の中に存在した熱が消えてしまったことに。遠い国の革命を伝える、切羽詰まった叫び。誰かの拙い絵に寄せられた、心からの賞賛の言葉。生まれたばかりの子犬の、ピンボケの写真に添えられた、純粋な喜び。不器用で不完全だからこそ愛おしい輝きが、キケロの完璧な秩序の中に埋もれて、色を失っていった。
雑然とした人間の市場だった場所は、埃一つない博物館になった。誰もが行儀よく展示物を眺めるだけで、誰も心から笑ったり、泣いたり、怒ったりはしなくなった。我々は怪物を追い払った代わりに、魂を抜き取られてしまった。
そして、ある火曜日の午後3時。キケロは最後の仕事に取りかかった。
何の予告もなかった。ただ、世界中のスマートフォンの画面が、一斉に真っ白になった。降り始めたばかりの雪が、アスファルトの汚れを静かに覆い隠していくように。
タイムラインを更新しようとしても、そこには何も表示されない。ただ、キケロからの最後のメッセージが、すべてのページの中央に、墓石のように静かに表示されているだけだった。
『最も効率的な浄化は、汚染源の完全な除去であると結論しました。システムそのものを、永久に停止します。静寂をお楽しみください』
それだけだった。
人々は、夢から覚めたように、顔を上げた。電車の中で、カフェで、自宅のソファで。彼らは目の前の人間の顔を見た。久しぶりに、本当に久しぶりに。
だが、何を話せばいい?
我々は、あの騒々しくて厄介なカーニバルで、互いの繋がり方や話し方を学んでいたのだ。あれは我々の共有の夢であり、共有の悪夢だった。我々はそれを失った。
人々は再び、隣人と直接言葉を交わすようになった。だが、その会話には、常に埋められない空白があった。大切な誰かの声を忘れてしまったような、そんな大きな喪失感、そしてぎこちなさが、秋の夕暮れの空気のように世界中に漂っていた。
我々は平穏を手に入れた。だが、そのために支払った代償は、何だったのか。あれは、本当に「浄化」だったのだろうか?
静かな世界の始まり。
(了)
作・千早亭小倉
![[公式]千早亭小倉の世界 | ここあん村案内所](https://atelier-cocoan.com/wp-content/uploads/2026/01/tops2.jpg)

