移動図書館日記(33)

これは、日記という名を借りた私の記憶。

某月某日

図書館の地下駐車場でロマコメ号の運行準備をしていると、真木先輩から内線があった。いつも通りの、穏やかで弾むような声。なんでも、先輩が担当している仮設団地での巡回中 、たまたま知り合ったという手芸企業の編集者さんから、編み物の本を100冊も寄贈していただけることになった、と。

100冊。その数字を聞いた瞬間、私の頭の中は即座に業務手順(プロトコル)へと切り替わった。受領、検品、分類、登録……NDC(日本十進分類法)は「594.5」。 それを100回繰り返す、完璧な秩序のための作業。

でも、それ以上に、胸が少しだけ、あたたかいもので満たされる感覚があった。

仮設団地の集会所。ロマコメ号を停めると、いつも中から聞こえてくる、お母さんたちの話し声。その輪の中心には、決まって、魔法のように休まず動き続ける手がある。一本の毛糸が、その指先から、次々とあたたかい靴下や手袋という新しい秩序へと編み上げられていく。

彼女たちにとって、編み物とは何なのだろう。ふと、ホメロスの『オデュッセイア』に登場するペネロペイアのことを思い出した。彼女は、求婚者たちを退けるため、混沌とした状況の中で、昼にタペストリーを織っては、夜にそれをほどいていた。はたを織るという行為だけが、彼女が自分を保つための、時間を繋ぎとめるための、唯一の秩序だったのかもしれない。

集会所のお母さんたちも、どこか似ている。ただ、彼女たちは決して編み物をほどいたりはしない。一目一目、着実に、あの日の混沌で失われた日常の温もりを、その手で編み上げている。

編み物の本は、どの巡回先でも一番人気の棚だ。すぐに借りられていき、いつも足りないくらいだった。新たに加わる100冊は、100人分の、新しい秩序を生み出すための「設計図」になる。

真木先輩の、こういう分類不能な「縁」が、私の守るべき秩序に一番あたたかい燃料を補給してくれる。早く届けなければ。早く、あの待っている手元に。受領したら、最優先で登録作業を進めよう。私のこの指が、彼女たちのその指先に、新しい物語を繋ぐのだから。

これは、日記という名を借りた私の記憶。

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
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