【登場人物】
カリソメ君:自らを「モブキャラ」と定義し、フラグが立たない平穏な立ち回りに病的に固執する男子。
黒崎文:文芸部部長。他者の日常や言動を「構成ミス」などと小説の枠組みで容赦なく裁く。
矢尾リリカ:常にスマホを見る冷笑主義の美少女。他人の感情を「三流のプロット」と突き放して観察する。
【場面設定】
ここあん高校。放課後の教室。

(窓枠の隅にこびりついた、古いセロハンテープの跡。カリソメ君はそれを指先でこすっている)
カリソメ君:この剥がれかけの粘着質、誰かのイベントの残骸みたいだ。俺みたいなモブキャラには関係のない、メインストーリーの跡。
黒崎文:(カリソメの背後で、黒崎が文庫本から目を上げずに)過去の伏線を強引に拾おうとするのは、三流の悪癖だ。
矢尾リリカ:(少し離れた席でスマートフォンを操作していたリリカが、冷たい声で補足する)ただのゴミでしょ。それに意味を持たせるのは、脳のメモリの無駄遣い。
カリソメ:でもさ、そういう余計なイベントが発生しない安全地帯って必要だと思う。だから俺、つきTっていいと思うんだよね。
リリカ:つきT?
(リリカがスマートフォンの画面から顔を上げる)
文:つき、月石か?
(黒崎が本を閉じる)
リリカ:物憂げで隙だらけの美術教師、月石みづき。あんたみたいな奥手なモブが勘違いして好きになるには、ぴったりなテンプレ設定だね。
カリソメ:アンニュイだよねえ。あの、徹底したアンニュイな感じ。俺みたいな初期ステータスの低いキャラには、あのくらい干渉してこない方が生存ルートに入りやすい。あと、あの死んだ魚みたいな目。
リリカ:死んだ魚? 随分な表現だね。彼女の引力は異常だ。未完の素材を瓶詰めにして永遠に鑑賞するなんて、悪趣味な猟奇殺人犯のプロットそのものだよ。生徒をコンプレックスごと飲み込んで、自分の支配下に置く。
文:あれは魂の冒涜だ。思春期の危うさだけを切り取って保存するなど、物語の成長を否定する停滞の象徴にすぎない。明らかな構成ミスだ。
カリソメ:(首を傾げて)支配下っていうか、ただ面倒くさがってるだけに見えるけど。この前も、カタカナの多い変な話し方で、適当に相槌打たれたし。
リリカ:彼女の話し方に余韻があるのは、相手に求めさせるための「間」だよ。骨張った指先で手首を撫でられたら、凡人はその瞬間に悲劇のヒロイン枠に強制移行させられる。あの沈丁花の匂いは、判断力を奪うデバフの役割を果たしている。
カリソメ:沈丁花? ジャージの匂いしかしなかったけど。
文:お前は彼女の深淵を見落としている。柔らかい布の陰影の奥にある、残酷な標本家のエゴを。技術的な巧拙を無視して、ただ感情の震えだけを搾取するやり方は、不誠実だ。
カリソメ:柔らかい布? ポリ素材のこと? よれよれのジャージで猫背で、ひたすらあくびしてるじゃん。
(リリカと黒崎が沈黙する)
リリカ:ジャージ。
文:あくび。
カリソメ:そう。俺が一生懸命モブとしての立ち回りを報告しても、チューニビョーって一蹴される。あの適当にあしらわれる感じが、俺の低い自己評価と完璧にマッチして、謎の安心感を生むんだ。フラグが一本も立たないあの空間こそが、俺の求めていた真の日常系だ。
(教室のドアが、少しだけ開く。隙間から、ボサボサの黒髪と、気の抜けた顔が覗く。月読リノ)
月読:なんだ、お前らだけか。まあ、カリソメでいいや。放課後の単位、回収しといて(※)。
(よれよれのジャージ姿の月読リノが、あくびを噛み殺しながら言う。カリソメの顔が明るくなる)
カリソメ:はい! 今行きます。
(カリソメは椅子から立ち上がり、飼い主を見つけた犬のような足取りで、月読を追って教室を出て行く。ドアが閉まる。教室には、黒崎とリリカが残される)
リリカ:あ、ほんとに、月読のことだったんだ。
黒崎:完全な記述ミスだな。
リリカ:カリソメの認識フィルター、根本的にバグってる。
黒崎:言葉の無駄遣いだった。
(リリカは再びスマートフォンに目を落とし、黒崎は本を開く。窓枠のセロハンテープの跡には、誰も触れない)
(幕)
※月読リノ先生は、この世界のあらゆる事象を独自の単位に換算して生きています。例えば、文化祭の部誌発行のような面倒な仕事も「面倒くさいことやり遂げた単位」を取得するためのタスクとして捉え、なんとか自分を動かしています。作中でカリソメに言った「放課後の単位、回収しといて」というセリフは、要するに「放課後の面倒な雑務(部室の戸締まりや日誌の提出など)を私の代わりにやっておいて」という、彼女なりの理屈による雑用の押し付けです。
作・千早亭小倉
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