【登場人物】
花野環奈:ここあん大学大学院の修士2年で、古生物学を専攻している。自らの汚部屋を地層と呼ぶ。
鈴木美桜:図書館の司書で、移動図書館を担当している。物を捨てられない蒐集家である。
【場面設定】
ここあん図書館1階にある、村民交流ラウンジ。テーブルを挟んで二人が座っている。

花野環奈:美桜ちゃん、このテーブルに置きっぱなしの空き箱、何。
鈴木美桜:あ、環奈さん。それ、お菓子の箱です。表面のざらざらした手触りがすごく良くて。いつか付箋とか入れるのにぴったりだなって。
環奈:いつかっていつ。それに、クッキー……。
美桜:よく、クッキーだってわかりましたね。
環奈:だって、すみのところに、クッキーの粉が残ってるもの。甘い匂いもするし。
美桜:後で綺麗に拭きます。こういうの、捨てるのもったいないですよね。
環奈:これか!
美桜:え、どうしたんです?
環奈:美桜ちゃんの部屋、そういう「いつか使うかも」の箱で足の踏み場がないって聞いたんだよね。
美桜:足の踏み場はあります。ただ、片付けようとすると、完璧に分類したくなって、どこから手をつけていいか分からなくなるだけです。50平方センチメートルずつとかやってみたんですけど、ダメで。
環奈:ダメなんだ。理にかなってる気もするけど。
美桜:それに、私の部屋、環奈さんの部屋と違って、ただのゴミ捨て場じゃないんですから。
環奈:ゴミ捨て場じゃないよ。私のは地層。ち・そ・う。
美桜:ご馳走みたいに言わないでくださいよ。地層ってバームクーヘンみたいな?
環奈:ご馳走でしょう? 一番下が去年の春のプリント、その上に冬物のセーター、一番上が昨日のコンビニ袋。ちゃんと時間が重なってるの。
美桜:それ、時間が重なってるんじゃなくて、単に掃除してないだけですよね。
環奈:むやみに動かしたら歴史が壊れちゃう。最近は、歴史を大切にしない人が多いから、やれやれよ。発掘には正しい手順があるのにね。
美桜:コンビニ袋を発掘してどうするんですか。だいたい、食べ物の匂いが残ってるのは不衛生ですよ。私のは全部、意味があるものなんです。
環奈:意味があるって、クッキーの匂いが残ってるのに? それに、この前持ってた、インクの出ないボールペンの束にしたって。
美桜:あれはインクの減り方の記録です。いざ綺麗に並べようとすると、メーカー順にするか色順にするかで頭がパンパンになって、結局そのまま引き出しに押し込んじゃったんですけど。シーユーアゲーンです。
環奈:何がアゲーンよ。フリーズしてるだけでしょーん? 処理能力が追いついてないのね。私の地層はもっと合理的だよ。重力に従って物が落ちて、そこが定位置になる。
美桜:ぶはははは。定位置って、床に落ちてるだけじゃないですか。
環奈:変な笑い方やめなさい。自然に任せておけば、そのうち地殻変動が起きて、この前も、探してたUSBメモリが下からひょっこり出てきたのよ。
美桜:地殻変動って、ただの春先の雪崩じゃないですか。危ないです。私はもっと、綺麗で完璧な保管庫を作りたいんです。
環奈:綺麗な保管庫なら、その箱のクッキーの粉くらい払えばいいのに。
美桜:それは、気分が乗ったときにやります。
環奈:いま、いまだって!(環奈が箱をトントンして、粉を出そうとする)
美桜:や、やめてください! 粉の取り方、いろいろ考えたたのに。
環奈:嘘ばっかり。
(幕)
作・千早亭小倉
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