徒然士の「抜ける床」と美学の言い訳
文芸評論家にして、ここあん大学日本文学科の講師を務める徒然士が暮らすのは、克枯地区のスーパー「人生」からさらに細い路地を入った奥にある、築50年の木造「二軒長屋」です。隣家と薄い壁一枚を共有する縦割りのメゾネット構造になっており、1階が生活のための居間、急な階段を上った2階が、彼の愛する谷崎や三島の初版本で埋め尽くされた「書斎」となっています。
問題は、その2階の書斎に積まれた蔵書の質量です。長年にわたって買い足された書籍の重さに耐えかねて梁がしなり、徒然士が2階で1歩歩くたびに、1階の居間では天井が「みしっ」と歪んだ音を立て、砂壁の粉がサラサラと畳の上に落ちてきます。
ある夜、居酒屋「あちこち」のカウンターで、大将のまっちゃんが呆れ顔でビール瓶の結露を拭いながら、徒然士に問いかけました。
「先生さ、そんなに床が抜けるのが怖いなら、本を全部1階の居間に移しなって。1階だから安心ってわけでもないが、少なくとも、先生の重みじゃ2階の床は抜けないだろ?」
徒然士は、お通しの里芋を箸で突き刺したまま、思い切りいやな顔をしてみせました。
「野暮を言うなよ、まっちゃん。1階の畳の下には、克枯の湿った泥の匂いが這い上がってきているのだよ。そんな不浄な湿気に、わしの貴重な初版本を晒せるわけがないだろう。それに、1階は飯を食い、眠るという、世俗の摩擦にまみれた場だ。そこに2階の純粋な知の神殿を混在させるなど、美学の敗北だ。断じて許せん」
「は? カビがどうとか、美学がどうとか、もっともらしい言い訳を並べるじゃないの。1階に除湿機でも置けば済む話じゃないの。いや、待てよ」
まっちゃんは手を止め、カウンター越しに徒然士の顔をじっと見つめました。
「先生、本当のところはさ、本を移動させるのが面倒なんじゃなくて、床が抜けるのを楽しみにしてるんじゃないの?」
図星でした。
徒然士は突き刺した里芋を落としそうになり、慌ててお猪口の熱燗を喉に流し込みました。完璧に整えられた書斎という「様式美の器」が、過剰な「知の集合体」としての古書の重みによってきしみ、いつか決定的に決壊する瞬間。その物理的な崩壊の予感に、彼は倒錯的な知的快感を抱いていたのです。
梁があげる悲鳴に、夜な夜な、ほくそ笑む徒然士。
「な、何を言うかね! わしがそんな、自分の住処が崩壊するのを喜ぶような、変態的な思考を持っているとでも」
「顔、ニヤけてるよ、先生。やっぱり確信犯じゃないか。本当に、ちょんまげが生えるくらいおかしな人だね、先生は」
まっちゃんは大きなため息をつきながら、新しい熱燗の徳利を差し出しました。

この「長屋の歪み」と、まっちゃんに見透かされた彼の奇妙な悦楽は、劇団「かもかも」の芝居づくりにおいて、そのまま彼の演出理論へと昇華されます。
彼は完璧な戯曲を役者に渡しつつも、役者の生々しい肉体(質量)によってその戯曲の枠組みが「みしみし」と歪み、舞台上で破綻する瞬間を密かに待ち望んでいるのです。
今夜もし、克枯地区の長屋の2階から、みしみしという不穏な軋みと、それに呼応するように楽しげな忍び笑いが聞こえてきたら、それは彼がまた、新しい本を棚に追加したのだと思って、まず間違いはありません。



