登場人物:ボラン京子+堂島巧
コントパターン:20「物理的破壊によるカタルシス」
晩秋の風が吹き抜ける公園のベンチで、ボラン京子は、膝の上の紙コップを真剣な顔で見つめていた。
持ち帰り用の温かいハーブティーである。ドイツ歌曲を教える身として、喉の乾燥は大敵だった。しかし、プラスチックのフタに開けられた小さな飲み口が、どうしても納得いかない。
「信じられない。こんな針の穴のような隙間からすすっていては、喉が開くどころか息が詰まってしまうわ」
背筋を伸ばしたまま、よく通る声で嘆く。外せば砂埃が入る。付けたままでは窮屈でたまらない。彼女にとっては切実な悩みだった。
そのすぐ隣で、ここあん高校の制服を着た堂島巧が、細長いスティックパンを眺めていた。 購買の棚の奥に長く置かれていたのか、驚くほど硬い。指先で弾くと、コンコンと乾いた音が響いた。堂島は途方に暮れながら、その硬度を確かめていた。
「どうして街のカップというものは、こうも呼吸を拒むのかしら」
京子がこぼす声に、堂島が横からぽつりと言った。
「外すのが嫌なら、その出っ張りをちぎって広げたらどうですか」
「あら。簡単に言ってくれますけど、道具もなしにどうやって」
「これ、使いますか?」
堂島が差し出したのは、先ほどのスティックパンだった。冗談を言っている風でもなく、単に今ある手札を提示しただけの顔をしている。
京子は目を丸くし、わずかに身を引いた。
「だって、それ、パンでしょう」
「八十円でした」
「食べ物でこのフタをこじ開ける気?」
「いえ、押し込めば穴が広がるかなと思っただけで、衛生的にあれならやめます」
堂島が引っ込めようとした瞬間、京子が慌てて自分のフタを押さえた。パキッと乾いた音が響き、薄いプラスチックが縦に裂ける。
ベンチの上に、無防備なホットドリンクの湯気がふわりと立ち上った。
「あ、私」
京子は破片を見つめて固まった。これで思いきり飲めはするが、埃を防ぐ手立てがなくなった。
京子の困惑した横顔と、湯気を立てる紙コップを、堂島は見比べた。それから、自分の持っているパンを見る。
「あの」
「なんて怪力だって思ってるんでしょう」
「いえ、力が強いだけでは、そのようには裂けません」
「じゃあ、何?」
「これ、乗せておきますか」
堂島はスティックパンを横にして、京子のコップの縁にかざしてみせた。
「ちょうどフタの代わりに乗る長さですし。これなら埃除けにもいい。ついでに、湯気で少し柔らかくなれば僕も食べられるので」
京子は差し出されたパンをまじまじと見た。持ってみると、焼き菓子というよりは流木に近い重みがある。もちろん流木のミニチュアだが。
埃を遮りたい自分と、パンを柔らかくしたい少年。
京子は喉を整えるように小さく咳払いをすると、ふっと優しく微笑んだ。
「名案ですね。お互いにとって無駄がありません」
京子はパンをコップの縁にそっと横たえた。立ち上るハーブティーの湯気が、パンの底面を静かに温め始める。
「湯気でふっくらしたらお返ししますわ」
「助かります。噛めるようになったら教えてください」
晩秋の日差しの中、温かい湯気を浴び続ける一本のパンを挟んで、二人は並んで前を眺めていた。
(了)
作・千早亭小倉+Gemini 協力・Gemini Notebook




