箱庭小説(掌編・スケッチ)

箱庭小説(掌編・スケッチ)

移動図書館日記(89)

これは、日記という名を借りた私の記憶。朝、本館のカウンターで坂上さんが大きなポットの蓋をカチッと閉める音が響く。「千夏さん、今日はこのお茶で温まってね」立ち上る湯気と一緒に、坂上さんの庭で摘んだという草の香りが事務室に広がった。隣では児童担...
箱庭小説(掌編・スケッチ)

環奈への手紙(1)

「思考のタフォノミー」……。死を、単なる終わりではなく「記録へのプロセス」として捉えるあなたの視点は、あなたが環奈だとするなら、相変わらず冷たくて、そしてゾッとするほど美しい。あなたが書いた「揮発性の有機化合物」という言葉。調香師である私に...
箱庭小説(掌編・スケッチ)

移動図書館日記(88)

これは、日記という名を借りた私の記憶。三月。窓を少しだけ開けると、冬の名残を含んだ冷たい風が、本館の真新しいカウンターをさっとなでていった。外では、児童担当の北条くんが子どもたちを追いかけて、春の光のような明るい声を響かせている。その様子を...
箱庭小説(掌編・スケッチ)

箱庭小説「エスの心細さ」

学バス「さやかっくす」の揺れは、いつも規則性がなくて、胃のあたりを不快にさせる。窓の外には、垂直に移設された校舎が、無意味な巨大な墓標みたいに立っている。僕はリリカさんの真後ろの席から、彼女が読んでいる雑誌を覗き込んだ。ここあん高校の同人誌...
箱庭小説(掌編・スケッチ)

移動図書館日記(87)

これは、日記という名を借りた私の記憶。――「主任 菜箸千夏」。主任という新しいラベルが、まだ糊の乾ききっていない付箋のように、私の胸元で少しだけ浮いている。一人で背負っていた書架の重みを、今はチームという丈夫な箱に分けて収めている。二階のガ...