これはまだ、真田まるが「ものがたり屋」を開く前のこと。彼女とおはぎはんが、互いにフリーの取材ライターとしてここあん村を駆け回り、まだ「盾と槍」という運命のバディになる少し前の物語――。

ここあん村の金曜の夜は、いつもより少しだけ浮かれた空気が広がる。居酒屋「ここきた」のカウンターも、仕事帰りの人々や、週末を前に一杯ひっかけようという客で賑わいを見せていた。そんな喧騒の中、偶然隣り合わせた三人の女性がいた。おはぎはん、南花おちば、そして真田まるである。
最初はそれぞれ手酌で飲んでいた三人だったが、フットワークの軽い情報通ライター真田まるが「いやぁ、今週も色々ありましたなぁ! 嘘から出た真田まるって言いたいネタの宝庫やわぁ!」と威勢よく愛子ママに話しかけたのをきっかけに、自然と会話の輪が生まれた。
「ほんま、世の中理不尽なことばっかりやわ! この前も、商店街の福引で不正があったとかいう噂聞いて、うち、居ても立ってもおられへんくて調査に乗り出したんやけど、結局証拠不十分で! 悔しいわぁ! こういう時こそ、真実を白日の下に晒すべきやと、うちは、うちはな!」
理想に燃える現場主義の熱血ライターおはぎはんが、いつものように正義感に燃えて早口でまくし立てる。
その勢いに圧倒されつつも、南花おちばが「わ、わかります! 私もこの前、ちいにゃんの中に入ってイベントに出たんですけど、なんかこう、狭いんですよね、着ぐるみって! で、つい『狭い!』って叫びながらパーツをいくつか、その」と言いながら、なぜかテーブルの上の小皿を派手にひっくり返した。
「あー! おちばさん、また何かこぼしてはる! おっちょこちょいなんやから!」
真田まるがケラケラ笑いながらティッシュを差し出す。
「も、申し訳ありません。どうも不器用で」とおちばが縮こまっていると、おはぎはんがカッと目を見開いた。
「不器用で済む問題やないで! 公の場で、しかも子どもらの夢を預かるゆるキャラの中の人が、そんなんでどうすんの! プロ意識が足りてへんのちゃうかと、はなはだ疑問やわ! 第一な、危機管理能力っちゅうもんがぁ!」
息継ぎなしでまくし立てるおはぎはんに、愛子ママが「はいはい、おはぎはん、いったん落ち着いてお水飲もうねー」と、絶妙なタイミングで助け舟を出す。
「ふぅ、ごめん、取り乱したわ」とおはぎはんが息を整えていると、真田まるが興味津々といった顔でおちばに尋ねた。
「そういえば、おちばさんの苗字って珍しいよなぁ? 『南の花』って書いて、なんて読まはるん? 『なんか』さん? それとも『なんはな』さん?」
「さ・ざ・ん・か、です。南花と書いて、『さざんか』と読みます」おちばが少しむっとしながら答える。
「山茶花や!」おはぎはんが、待ってましたとばかりに声を上げた。
「ツバキ科ツバキ属の常緑広葉樹や! 日本固有種でな、晩秋から冬にかけて綺麗な花を咲かせんねん! 花言葉は『困難に打ち勝つ』『ひたむきさ』『謙譲』! 素晴らしい花やわ!」
「へえ~! おはぎはん、詳しすぎやわ! 今日の情報収集テーマ、植物やったりするん? これぞまさしく嘘から出た真田まる!」真田まるが目を輝かせる。
「いや、これは常識の範囲内ちゃうかな。それにしても『さざんか』て、ええ名前やね」おはぎはんが少し頬を緩めた。
おちばが照れたように「ありがとうございます。あの、歌にもありますよね。さ~ざんか さ~ざんか さ~いたみ~ち~♪」と歌い出すと、真田まるとおはぎはんも声を合わせた。
「た~きびだ たきびだ お~ちばたき~♪ あ~たろうか あたろうよ~♪ きたかぜぴ~ぷ~ ふいている~♪」
三人の合唱は、カウンターの他の客も巻き込んで、さながら「ここきた童謡のど自慢大会」の様相を呈した。愛子ママも手拍子をしながら「あらあら、皆さんお上手ねえ! アンコール!」と楽しそうだ。
ひとしきり盛り上がった後、ふと真田まるが呟いた。
「せやけど、こうして三人で飲んでると、あれ? もしかしてうちら、なんかキャラ被ってへん?」
その一言に、おはぎはんとおちばも顔を見合わせる。
「そ、そんなことないで! うちは、このここあん村の不正を見逃さへん、正義感と行動力に溢れた! 理想主義者や!」
おはぎはんが、やや息切れしながらも力説する。
「わ、私も、その、子どもたちの笑顔のために、プロ意識を持って、ちいにゃんを!」
おちばは、そう言いながら額に浮いた汗をぬぐった。
「うちは情報通でフットワークの軽さが売りやさかいね! 今日もスクープの匂いを嗅ぎつけて、って、これはただの飲み会やったっけ? まぁ、嘘から出た真田まるってことで!」
真田まるはあっけらかんとしている。
三者三様の主張が飛び交うが、どこか決め手に欠ける。その時、愛子ママが「はい、おまちどうさま!」と、ほかほかの湯気を立てる大皿の筑前煮を三人の前に置いた。
「まあ! 美味しそう!」と、おちばが歓声を上げる。
真田まるが、煮っ転がった具材を眺めながら、にやりと笑った。
「いやぁ、ママの筑前煮はここあん村の宝やね! って、あれ? うちら、なんだかこの筑前煮の具材みたいちゃう?」
「具材やて? 例えがちょっと雑ちゃうか?」
おはぎはんが眉をひそめる。
「でもまぁ、強いて言うなら、うちは煮崩れしにくくて、味はしっかり染み込む、信念の『こんにゃく』かな! どこを切っても同じ四角四面やけどな!」
「えーと、私は、すぐ暑くなっちゃうし、いろんなお出汁を吸いやすい『里芋』、とか?」南花おちばがお椀を手に取りながら言う。
「なるほど! ほなうちは、どこにでも顔を出す彩りの『ニンジン』ってことで! 畑で採れた真田まる!」真田まるが楽しそうに続ける。
「似てるって言えば」とおちばが、額の汗をハンカチで押さえながら付け加えた。「私たち、一生懸命に動いて、いつも汗だくなところは似てますよね」
「ほんまや! うちも現場走り回って、いっつも鼻の頭に汗かいとるわ!」おはぎはんが鼻をこすりながら力強く頷く。
「うちもスクープ求めて東奔西走、ええ汗かいとるさかいな!」真田まるも胸を張った。
愛子ママが三人の様子を微笑ましそうに眺めながら言った。「あらあら、みんな少しずつ違って、みんな美味しそう。そんな三人のええ汗がたっぷり染み込んだのが、『ここきた』の筑前煮」
愛子ママの強引なまとめに、三人は顔を見合わせ……一斉に噴き出した。
「いやママ! うちらの汗が煮込んである筑前煮って、なんかちょっと嫌やわ!」真田まるがツッコミを入れると、おはぎはんとおちばも腹を抱えて笑い出した。
「たしかに、それはちょっと食べとないかも!」
「煮たもんが似てる、いや、似たもんを煮てるか。どっちでもええけど、汗はね!
「あはははは!」
ここあん村の夜は、こうして美味しく、賑やかに更けていくのだった。
(了)
作・千早亭小倉
![[公式]千早亭小倉の世界 | ここあん村案内所](https://atelier-cocoan.com/wp-content/uploads/2026/04/20260410_125128.jpg)






