箱庭コント87−89「赤い糸の窓」

【登場人物】
中野小春
(35):ブックカフェの店主。使い込まれたものを直して使うのが好き。
空野円(34):大学講師。物事に執着せず、移ろいゆく様子を眺めている。

【場面設定】
午後の陽が差し込むここあん湖畔のブックカフェ「シズカ」。カウンターで小春が穴のあいた靴下を繕っている。 円は目の前の湯気をぼんやりと見つめている。

小春:この靴下、指のところが薄くなっちゃって。

:(それには取り合わず)湯気が消えていきますね。さっきまでそこにあったのに。

小春:そうですね。(自分の話に戻す)でも、こうやって赤い糸で縫うと、なんだか新しい模様みたいで楽しいですよ。

:穴は、窓のよう。光が通り抜けて、風が通るための場所。

小春:ふふ、窓ですか。でも、窓が開いたままだと、冷えてしまいますから。指先も。

:閉じてしまうのですね。せっかく自由になったのに。

小春:閉じるといっても、前と同じにはならないんです。ほら、ここだけ少し膨らんで、私の足の形に馴染もうとしてる。

:店主さんは、なんでも繋ぎ止めるのですね。バラバラになりたがっているものでも。

小春:繋ぎ止めるというよりは、また一緒に歩こうねって誘っているような気持ちです。 

:あなたの針の動きに合わせて、テーブルに落ちた影が揺れています。

小春:円さんの影も、静かに揺れていますよ。

:私は、ただ座っているだけです。影には重さも意味もありません。

小春:でも、そこにお茶を置くと、影の色が少しだけ濃くなるんです。それがなんだか温かそう。

:温かさは、すぐに空気に溶けて混ざってしまいます。

小春:溶けても、なくなったわけじゃないですよ。ほら、縫い終わりました。(自分の前に靴下を嬉しそうに掲げ、円のほうにも見せる)

:……赤い点が、星のように見えますね。

小春:でしょう。これでまた、明日もこの靴下を履けます。

:明日のことは分かりませんよ。今は影が少し伸びたことだけが確かです。

小春:そうですね。じゃあ、影があともう少し伸びるまで、ゆっくりしていってください。

(暗転)

中野小春|箱庭ここあん村の住人紹介
氏名:中野小春(なかの こはる)年齢・性別:35歳・女性肩書:ブックカフェ『シズカ』共同オーナー/元編集者氷上静と共にブックカフェ『シズカ』を営む共同オーナー。いつも穏やかな物腰と柔らかな笑顔を絶やさず、訪れる客の心を和ませる、カフェの「顔…
空野 円|箱庭ここあん村の住人紹介
氏名:空野 円 (そらの まどか)年齢・性別:34歳・女性肩書:ここあん大学哲学科 講師ここあん大学早稲田サテライトの赤レンガ校舎で生徒の教育にあたる、禅や東洋思想の専門家です。霧で作られた鏡のように捉えどころのない美しさを湛え、学生たちか…
湖畔のブックカフェ「シズカ」|箱庭ここあん村の中心スポット
ここあん湖畔に佇むブックカフェ「シズカ」は、訪れる人々が内面と対話し、心を「繕う」ための穏やかな場所です。店舗には、オーナーである現代思想家の氷上静が独自の視点で選んだ哲学書や文学書が並びます。その傍らで、共同オーナーの中野小春が丁寧に焙煎…

(「箱庭コント88」へ続く)

箱庭コント88「靴下とサンドイッチの余白」

【登場人物】
ケニー(17):地味な文学少年。他人のやり取りを、本を読むように観察している。
カート(17):諦念を抱えた少年。不条理な出来事を、ただそこにあるものとして受け入れる。

【場面設定】
引き続きブックカフェ「シズカ」の奥のテーブル席。円が去った直後。中野小春はまだカウンターで、繕った靴下を愛おしそうに見つめている。ケニーとカートの前には、食べかけのサンドイッチ。

カート:あの人、行っちゃったね。

ケニー:「さよならも言わず」に、「空気の中に溶ける」みたいに。

カート:お姉さんが座っていた椅子が、なんだか寂しそうに見えるよ。

ケニー:店主さんは、まだ赤い糸のついた靴下を見てる。

カート:さっきの会話、穴を窓にするか、窓を閉めるかって話だったのかな。

ケニー:たぶん。店主さんは物語を繋ぎたい人で、お姉さんは読み終わった雑誌は捨てちゃう人なんだ。

カート:僕は、あの、ええと、食べ残しのレタスみたいだと思った。

ケニー:レタス。

カート:お皿の上に残されて、だんだん乾いて、透明になっていく感じ。

ケニー:透明になるまで見たことないな。それに、それは少し、早わかりではないか?

カート:あ、店主さんが椅子を拭き始めたよ。

ケニー:店主さんがやると、なんだか熱を集めているみたいに見えるね。

カート:拭けば拭くほど、あそこに誰かがいた形跡が消えていくのに。

ケニー:消すんじゃなくて、なだめているんだと思う。

カート:椅子を?

ケニー:そう。急に冷たくされると、物だってびっくりするから。

カート:僕のサンドイッチも、もう冷たくなっちゃった。ごめんね、サンド。

ケニー:冷たくなっただけで、パンの耳は消えずにそこにあるよ。

カート:そうだね。じゃあ、この耳を食べてから帰ろうか。

(暗転)

ケニー|箱庭ここあん村の住人紹介
氏名:ケニー年齢・性別:高校生・男性肩書:ここあん高校生(B組)ヴォネガットやカポーティを愛読する地味な文学少年です。文芸部の熱量が苦手なため入部せず、「読み専」を貫いています。周囲から浮きがちなヒロイン・リリカのシニカルな知的センスを静か…
カート|箱庭ここあん村の住人紹介
氏名:カート年齢・性別:17歳・男性肩書:ここあん高校 A組生徒ヴォネガット的諦念の体現者。金髪で中性的な美少年ですが、なぜか常に宇宙的規模の不条理な大事件に巻き込まれ、それを諦念とともに淡々と受け入れる「受動的災害担当」です。権威を信じず…

(箱庭コント89へ続く)

箱庭コント89「赤い糸と透明なインク」

【登場人物】
中野小春
(35):店主。修復の「魔法使い」。
鴨下栞(17):物語作家。この世界の「配役」を見透かしている。
ケニー(17):観察する少年。
カート(17):諦める少年。

【場面設定】
夕暮れ時。カフェ「シズカ」の入り口のベルが小さく鳴る。 カウンターには小春、奥の席にはケニーとカート。 栞がゆっくりと、まるで最初からそこにいたかのように歩み寄る。

:……終わったところ、ですね。

小春:いらっしゃい、栞さん。何が終わったのかしら。

:さっきまでここにあった、透明なすれ違いのドラマです。

ケニー:あ、鴨下さん。

カート:今日も、本を書きに来たの?

:いいえ。今日は、書き損じの余白を拾いに来ました。

小春:余白、ね。私の靴下も、繕わなければただの余白だったのかもしれないわ。

:店主さんが繕った赤い糸は、少しだけ強引ですね。

小春:あら、そうかしら。

:離れたがっている運命を、無理やり木綿の糸で結びつけて。それは、残酷な優しさです。

カート:残酷かな。僕には、サンドイッチの耳を捨てる勇気がないのと似てる気がするけど。

ケニー:靴下を縫ったんじゃなくて、店主さんは、さっきのあの人の「空気の穴」を赤い色でデコレーションしていたんだと思った。

:デコレーション。そうね、それも一つの演出かもしれない。

小春:私はただ、明日もこの子が外を歩けるようにしただけ。(靴下をとことこと歩かせて見せる)特別な意味なんて、込めていないつもりよ。

:意味は、込めるものではなく、後から勝手に生えてくるものだから。

ケニー:生えてくる。カビみたいに?

:あるいは、忘れ物の傘のように。

カート:傘。さっきのお姉さん、傘は忘れていってないよ。影さえ連れて帰ったもの。

:違う。その人、「不在」という大きな忘れ物を置いていったのかも。

小春:ふふ。栞さんの言葉は、時々、洗いたてのシーツみたいに冷たくて、でもとっても清潔ね。

:店主さん。その赤い糸で、次はどこを繋ぐつもりですか。

小春:そうね……。とりあえず、あなたたちの冷めたコーヒーを、温かいものに繋ぎ直そうかしら。

ケニー:あ、お願いします。

カート:僕も。今度は、少し甘いのがいいな。

:……ふっ。じゃあ私は、その「書き直し」の風景を、端っこから眺めていますね。

(幕)

鴨下 栞|箱庭ここあん村の住人紹介
氏名:鴨下 栞(かもした しおり)年齢・性別:15歳・女性肩書:ここあん高校生、物語作家、鴨下留美子の一人娘人形のように整った端正な顔立ちが印象的な少女です。腰まで届く艶やかな黒髪と、すべてを見透かすような冷徹で深い瞳を持っています。ここあ…
[コント台本・掌編 約600本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

[コント台本・掌編 約600本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
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