これは、日記の名を借りた、中野文の記憶。
防潮堤の前で不器用で重たい言葉を落としてしまった後、千夏さんとの間に張り詰めた空気が漂っていた。半分は考えすぎだろう。私の悪い癖だ。でも、それなら残り半分はやはり事実だ。自分の言葉の強さを後悔しながら、それをどうやってほどけばいいのか分からないまま、私たちは沿岸の小さな食堂へ入った。千夏さんは、私の臆病な沈黙を咎めるでもなく、ただ静かに隣を歩いてくれていた。
千夏さんに注文を任され、私が頼んだのは海鮮丼。ただ、これは、新鮮な魚介を甘いお出汁とふわふわの卵でとじた「あたたかい海鮮丼」だ。冷たい刺身が乗ったものを想像していたのだろう。どんぶりを両手で包みながら、千夏さんは「あたたかい」とつぶやき、お腹をすかせた少女のように、「初めてです」と驚いて見せた。その真っ直ぐな反応が可笑しくて、私の胸の奥で固く結ばれていた「部外者」としての強張りが、湯気とともにふんわりと溶けていくのを感じた。
「食べて、食べて」
「わあ、美味しい。やっぱり文さんにお任せにしてよかった」
「ほんと? ふふ、うれしい」
「あっためると、魚介の脂がとろっとなって」
「そうそう、磯の香りも広がってね」
千夏さんのほころんだ顔を見ていると、言葉が自然に湧いてきた。
「牡蠣もね、私は蒸したのが一番好き。もうシーズンが終わるから……次は、秋から冬においで。待ってるから」
相手の負担になるような「できない約束」はしないと心に誓っていたはずなのに、どうしてこんな言葉がすんなりと出てきたのか、自分でも不思議だった。
食後、私たちは波打ち際まで浜辺を降りた。
寄せては返す白い波を見つめながら、ボランティアとして東北に通っていたころのことを口にした。3年近く東京と東北を往復しながら、その間ただの一度も、海の水に触れなかったこと。私のような「よそもの」が、人々の平穏を奪ったこの水に気安く触れてはいけないと、境界線を引いて病的に恐れていたこと。ようやくその水に触れることができたのは、ボランティアの「役」をおりてずいぶん経ってから。それほどまでに自意識に縛られていたのだと。
息を口から静かに吐き出す。吐き出した分だけの空気が、鼻から静かに入ってくる。
千夏さんは何も言わず、海風に少し髪を揺らしながら、私のとりとめのない言葉の響きをただ受け止めてくれている。相手の心に土足で踏み込まず、ただ静かに言葉を待つ。彼女のその「プロの隣人」としての眼差しが、私の中で錆びついていた引き出しを、少しずつ開いてくれている。
これは、日記の名を借りた、中野文の記憶。
中野文

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