ここあん村の物語は、昭和から未来へと続く一本の歴史ではなく、テーマや空気感の異なる6つの時代が重なり合ってできています。ここあん村では、この時代を「地層」と呼んでいます。
現在、物語の中心となっているのは「地層4」です。村に大きな影響を与えた「あのこと」を経た、再生と復興の「今」を描いています。
この地層4は、ふたつの異なる日常が交互に織りなされる「互層※」の構造を持っています。
ひとつは、人々の心の傷に向き合い優しく修復していく「記憶と金継ぎ」のしずかな日常。もうひとつは、「あのこと」の余波を受けながらも、たくましく懸命に生きる人々の「回復力」にあふれたドタバタ劇です。
傷を抱えながらも前を向く、ここあん村のいまの姿がここにあります。
※互層:性質の異なるふたつの層が交互に重なり合っている状態のこと。
地層0:村の胎動と昭和のホームドラマ
ここあん村の物語の原点、最も古い基層は1970年代まで遡ります。高度経済成長期の残り香が漂う中、のちに登場する恋流波東彦の幼少期と思われる「はるひこ」と弟の視点で、大人たちの姿や当時の世相が描かれます。
大きな事件は起こりません。家族の居間という閉じた空間で言葉のすれ違いや問いが生まれる「静」の時代です。のちのここあん村の住人たちが持つ気質の原点が、ここに確かにあります。
地層1:熱気とアングラの時代
地層1は、若者たちが情熱を燃やした1980年代。地層0に登場した「はるひこ」は、早稲田大学に進学し、恋流波東彦になりました。ここで主に描かれるのは、東彦らが8ミリ映画の自主制作に没頭した日々です。
地層0の「静」から一転し、何者かになれると誤解(?)した、熱い「動」の時代であり、ここで生まれた情熱や人間関係が、数十年の時を経て、地層4の主人公となる、子・孫世代の若者たちへと受け継がれていくのです。
地層2:停滞と近代化の波、そして大災害の記憶
バブル崩壊後の平成初期から2010年代にかけての層です。ここあん村ではシンボルとなる「ここあんタワー」の建設話が持ち上がりますが、この村らしくあえなく頓挫し、その後、村は閉塞感に包まれます。
そんな、安全ではあっても停滞した日常に違和感を覚えた住人のひとり・中野文は、外の世界の被災地へ移動図書館ボランティアに向かいます。現地での喪失と再生の経験は、のちに村を襲う「あのこと」に向き合うための、精神的な支えとなっていきます。
地層3:停滞と波紋のモラトリアム時代
一度は頓挫したタワー建設が緑野村長の執念で実現するものの、令和に入り、未知の病の影響で世界全体が停滞するように、ここあん村全体も再び閉塞感に覆われます。
しかし、その停滞の中でも、多様な人間ドラマが動き出します。大学で哲学を教える氷上静と青年・恋流波陽(東彦の息子)、売れない落語家酔酔亭馬楼と代弾きピアニスト糠森ひな、思うように活動できずにもがく映画サークルの聖林太郎や岸辺義道。そんな不器用なここあん村住民が交錯し、孤独や人間関係のひずみが限界まで膨らんでいく鬱屈と爆発の層、それが地層3です。
濃密に煮詰まっていく地層3の人間関係と並行して、平和でコミカルな日常の層も存在します。氷上静との関係に疲弊した恋流波陽が、深夜のアルバイト先「ぽんちょ」で中野小春と出会い、その底知れぬ包容力に癒やされる「素敵です中野さん」シリーズなどがこれに当たります。
地層3の終盤、張り詰めた人間関係と日常は、突如起きた「あのこと」によって激しい変化を迎えます。村の象徴だったタワーや大学キャンパスが湖に沈むなど、これまでドラマを生んできた舞台装置が失われます。しかし、瓦礫の中から立ち上がった住人たちは、湖畔のブックカフェ「シズカ」を立ち上げ、村の奥に出現した「ペンタ」に学舎を移します。
地層3を支えるものがたりやコント
嵐の前の静けさ「小春凪」のものがたりやコント
地層4:大災害「あのこと」と金継ぎの現在
新しい舞台装置が整った、ここあん村の「今」を描く層です。
移動図書館「ロマコメ号」の司書・菜箸千夏らが村人の深い喪失感に寄り添い、心を縫い合わせていく「記憶と金継ぎ」の日常。そして、混乱の中でもたくましく笑って生きる人々のおかしくも懸命な日常。ふたつの時間が交錯しながら、壊れたものをまるごと愛し、前へ進む村の姿が描かれます。
ここあん村再興への道「菜箸千夏移動図書館日記」
時に力強く、多くは空回りする、ここあん村住民の日常(物語の種)
新たな層の予感
地層5:拡張する未来と異世界
ここあん村の記憶と概念が、時間や空間の壁を越えてどこまでも広がっていく、未来と異世界の層です。霧の向こうにそびえ立つ巨大な塔「ペンタ」の謎。そして、遠い未来の新しい東京で働く人工知能の検閲官「ジェニ美」の戦いや、月面基地で植物を育てる人造人間「ヌカヅケ」の活躍。遠い未来や宇宙の物語でありながら、彼女たちの世界の端々には、かつてのここあん村の住人たちの面影や息遣いが不思議な形で結びついています。ひとつの村の歴史が、次元を超えた神話へと拡張していく、壮大な物語の到達点です。
ここあん村の先や横にある世界













