
「あのこと」によって隣接する活田地区が水没し、主要な交通網が分断されたことで、総房地区は事実上の「陸の孤島」と化しました。
それまで総房地区は、村で唯一の超高層建築であった活田地区の「ここあんタワー」にも近く、村のビジネス機能が集中する活気あふれるオフィス街でした。地区には、中低層の雑居ビルや商業ビルが立ち並び、物理的な人の移動や交流が盛んに行われる、村の心臓部の一部だったのです。編集プロダクション「ぽんちょ」のような泥臭い企業もかつてはここ総房地区に拠点を構えていました。
「あのこと」により、東風公園が仮設住宅団地になったことも重なって、北に抜ける道が塞がれ、小古八幡地区を通って、湖の西側を迂回せざるを得なくなりました。このため、物理的な移動を頻繁に要する企業は外界への玄関口である「椎名町三丁目」などへと次々に撤退。家賃が暴落した空きビル群には、ネット環境だけで完結するリモートワーカーや合理主義の店舗だけがひっそりと残るゴーストタウンとなった時期もありました。
この状況を食い止めたい緑野翠村長は、空きビルを居抜きで活用する「ココアンバレー構想」を打ち出しました。ただし、再開発の予算がないため、建物をそのまま使い回して恒久的な「文化・イノベーション特区」とし、自らのレガシーにしようと目論む腹黒い計画とも言われています。
現在は地下にインディーズのライブハウスが勝手に作られたり、村営多目的ホールが整備されたりと、コンクリートの密室性を活かしたサブカルやエンタメの拠点として再利用が進んでいます。
マーケット

総房地区の雑居ビル裏手に伸びるコの字型の通りです。オフィス街の面影を残す灰色のスチール机が陳列棚代わりに並び、壊れたアーケードの隙間からあたたかな陽光が差し込みます。店先には混信ラジオを録音したテープや誰かが書き残した謎のあらすじ本など、ここでしか出遭えない情報のノイズがずらりと並びます。無人の机に置かれた貯金箱やQRコードで決済されるスタイルも特徴的です。寂れたオフィス街の冷たさと、データや古い道具を持ち寄る住人たちのぬくもりがゆるやかに交差する、どこか不条理でノスタルジックな蚤の市です。
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