【登場人物】
ぺらいちまい(えんぴつ):映像制作の脚本担当。気取った台詞を書くが実務能力ゼロの男。
とりみんこ(ハサミ):映像編集担当。アナログな自意識をバッサリ切り捨てるスマホ世代のヒロイン。
【場面設定】
シェアハウスの雑然としたリビング。えんぴつが机の上の本をじっと見つめている。

ぺらいちまい(えんぴつ):これ、どう思う。
とりみんこ(ハサミ):何それ。ただの本でしょ。
えんぴつ:アリス館から出た児童文学の復刻版なんだけどさ。これ、フランス装って言って、ページの端がくっついてるんだよ。
ハサミ:不良品じゃん。
えんぴつ:わざとこういう作りになってるの。この付属のペーパーナイフで、一枚ずつ切り開きながら読むんだ。
ハサミ:めんどくさいね。で、なんでそのまま置いてるの。
えんぴつ:もったいなくて。
ハサミ:はあ。
えんぴつ:刃を入れたら、もう「新品の完全な状態」じゃなくなっちゃうだろ。なんか怖くて。
ハサミ:読まないなら、それただの紙の塊じゃん。貸して、私が切るから。
えんぴつ:(本を両手で隠す)待って。まだ心の準備が。
ハサミ:本のほうも、いつまで経っても読んでもらえなくて呆れてるよ。
えんぴつ:万が一、切り口がガタガタになったらどうするんだよ。一回切ったら元には戻せないんだぞ。
ハサミ:それが味になるんでしょ。だいたい児童文学なんだから、子供なんか気にせずビリビリ破くよ。
えんぴつ:僕は子供じゃないからね。この閉ざされた状態の美しさを、もう少し味わいたいんだよ。
ハサミ:中身、読みたいんでしょ。
えんぴつ:読みたいよ。でも、綺麗なプレゼントの包み紙を破りたくないのと同じでさ。切るのが惜しいんだ。
ハサミ:じゃあ、もう一冊買えば。保存用と読む用で。
えんぴつ:そういう問題じゃないんだ。この一冊とどう向き合うかっていう、儀式みたいなものなんだよ。
ハサミ:あ、そこに普通のハサミあった。これで端っこ全部切り落とせば、すぐ読めるんじゃない。
えんぴつ:やめてくれ。この専用のペーパーナイフで切るから意味があるんだろ。
ハサミ:じゃあ早くそのナイフ使ってよ。見ててなんかモヤモヤする。
えんぴつ:わかった、切るよ。……いや、やっぱり今日はやめとく。ちょっと部屋の湿気が多いし。
ハサミ:紙が湿気ってるほうが、柔らかくて切りやすいかもしれないじゃん。
えんぴつ:そんな理屈あるか。
ハサミ:一生やらないね、これは。
えんぴつ:ううむ。やっぱり今日しかないか。ハサミが背中を押してくれてるから。
ハサミ:やっちゃえ、やっちゃえ。
えんぴつ:わかった。でも待って、ちゃんと手を洗って、コーヒー淹れてからにする。
(そう言いつつ、えんぴつが部屋から出ていこうとする)
ハサミ:え、どこ行くの?
えんぴつ:髪切ってこようかな。触らないでね、それ。
ハサミ:お風呂わかしといてあげようか。
えんぴつ:お願い。
(幕)
作・千早亭小倉
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