千早亭小倉著『かぞく~ぼくの弟は「らっら」しか言わない~』

本作は、著者である千早亭小倉の実体験をベースにした自伝的掌編集です。物語は主に小学生の主人公はるひこの視点から語られ、限られた言葉しか発しない弟のなつひこ、不機嫌で頭から湯気を出す父、そして日常に疲れ気力に欠ける母という4人家族の姿が描かれます。

時代は昭和40年代後半。はるひこの家庭にはちぐはぐで嚙み合わない空気が漂いますが、はるひこは持ち前の豊かな想像力と冷静な観察眼で、その日常を淡々と切り取っていきます。家族それぞれの孤独や不器用な関わり合いが、押し付けがましさのない静かな筆致で浮き彫りにされる作品群です。

※Kindle版のほかペーパーバック版もあります。

スピンオフ(はるひこ家の昭和レトロコント)

『かぞく』内容紹介

はるひこの章

はる君と、ハル区の記録
庭の隅に「ハル区」という自分だけの秘密の町を作り、丸い石や蝉の抜け殻を住人に見立てて観察を楽しむはるひこの姿が描かれます。ある日、隣の家のななちゃんがハル区の住人であるカタツムリを赤いダリアの花に移動させてしまいます。はるひこはそれを止めることなく、他者の意図のわからなさを受け入れつつ、その予想外の行動を「はるのノート」に客観的な記録として残していきます。小さな世界を冷静に見つめる少年の独自の視点が淡々と綴られています。

国語辞典と黄色いの
引っ越し後も電車で元の小学校へ通い続けるはるひこが、教室の後ろに私物の本を並べた「はるひこ文庫」を作り、電車の中で国語辞典の例文を読み比べる趣味を持つことが語られます。一方、家では弟のなつひこがテーブルにレンゲを規則的に並べて「らっら」と声を出す様子が描かれます。はるひこは、弟が嬉しいのかどうかはわからないとしながらも、その行動を静かに観察し、思いを巡らせます。兄弟の平行線のような日常の一コマが切り取られています。

モーツァルトの涙
なつひこが体を前後にしか揺らさないという法則を、はるひこが観察から発見する場面で幕を開けます。その後、怒って頭から湯気を出す父の横で、なつひこがクラシック音楽を聴きながらぽろぽろと涙を流す光景が描かれます。言葉を持たない弟が音楽に反応して涙する姿と、それを「うれしくて泣いた」という辞書の例文と結びつけて理解しようとするはるひこ。交わらない家族の中で、少年の静かな観察が続く作品です。

カセットテープと湯気
誕生日にもらったテープレコーダーで、はるひこが家の「音」を録音するお話です。母の包丁の音、なつひこの「らっら」という声、レコードの音を録音していると、不機嫌な父が帰宅して怒声を上げ、家族の音と声がぐちゃぐちゃに混ざり合います。夜、布団の中で録音したテープを聞き返したはるひこが、自分の家の音がバラバラで交わらないことに静かに気づき、不思議に思う様子が描かれています。

はるひこ文庫
自分の本を勝手に持って行き、その上にレンゲを並べる弟に対して腹を立てていたはるひこが、弟の真剣な表情を見て本を取り返すのをやめるまでの心の変化が描かれます。弟が見ている世界は自分とは違う遠い国なのだと理解し、怒りではなく観察者の視点へと移行します。そして国語辞典で「弟」という言葉を引き、自分の現実と辞典の例文との違いを確かめる様子を通して、はるひこならではの現実との距離の取り方が客観的な筆致で描写されています。

指と天気予報
はるひこが自分のスクラップブックに貼った、血の付いたバンドエイドのシミを眺め、それをアフリカ大陸の形に見立てる場面から始まります。横では、なつひこが耳元で指をこすり合わせて乾いた音を立てていますが、テレビから大好きな天気予報の影絵の映像と音楽が流れると、指の動きを忘れて画面に見入ります。そんな弟を横目に、はるひこが再びバンドエイドのシミを見つめるという、兄弟の静かで交わることのない日常の時間が淡々と描かれています。

国道245号
休日の機嫌の良い父からお小遣いをもらい、はるひこがなつひこを自転車の荷台に乗せてデパートへ出かけるエピソードです。食堂でハンバーグを瞬く間に平らげる弟の様子や、帰り道で二人の影が一つにつながるのを見て弟が「にぃ、よ、ご」とつぶやく場面が描かれます。家に帰り、今日あったことを母に報告しようとするも受け流されてしまい、ペダルの重さとともに家族の微妙なすれ違いや少年のささやかな孤独が静かな筆致で綴られています。

狼少年ケン
ゴミ問題のニュースを見て不安に駆られ、夕食を作れなくなってしまった母の姿が描かれます。空っぽのカレー皿の前に座るはるひこに対し、なつひこはいつものようにレンゲを並べ、最後の1本をその皿の真ん中にそっと置きます。その光景をじっと見ていた母がふらりと立ち上がり、父のために味噌汁を作り始めるという展開を通し、なつひこの無意識の行動が、硬直していた家族の状況をかすかに動かす瞬間が捉えられています。

布団とキノコ
日曜日の朝、ずっと寝ている父の布団のそばに生えた紫色のキノコをはるひこが発見します。彼はそれを「ムラサキフトンタケ」と名付け、宝物として大切にティッシュに包みます。そのキノコをなつひこが食べようとし、さらに起きてきた不機嫌な父の姿も交え、家庭内のちぐはぐな騒動が展開します。最終的にそのキノコをスクラップブックに貼り付け、日々の歴史の一ページとして記録していく少年の独自の視点と行動が描かれています。

ぼくの弟はらっらしか言わない
日曜日の午後、横っ飛びで走るなつひこを「こちょこちょ虫」で笑わせていたはるひこでしたが、突然なつひこが激しく怒り出し、自分の頭を叩き始めます。驚くはるひこと、無気力に注意するだけの母。弟の突然の感情の爆発に戸惑いながらも、はるひこがその日の出来事を連絡帳に「おとうとといっしょにあそびました」と無理やり平穏な一文として記録しようとする様子を通して、どうにもならない現実との向き合い方が描かれます。

日曜日のカレー
なつひこと遊んでいたはるひこが、近所の女の子から弟のことを「しゃべれないの?」とからかわれ、「らっらだけじゃない」と弟の言葉の意味を懸命に説明して反論するお話です。手をつないで帰宅すると家からはいつものカレーの匂いがしており、無気力な母や、怒ったような声でカレーを喜ぶ父など、それぞれのちぐはぐな日曜日の夕暮れと、家族をありのままに受け入れる少年の姿が描かれています。

おとうと
雪が降る日、母がなつひこを連れて病院へ出かけ、家に一人取り残されたはるひこの様子が描かれます。静まり返った家の中で、ストーブや冷蔵庫などの生活音が聞こえる中、はるひこは国語辞典で「おと」「おとうさん」「おとうと」という言葉を順番に引いていきます。辞書に並ぶ言葉と、不機嫌な父の「湯気」や弟の「らっら」という現実の音とを重ね合わせながら、静かに世界を観察する少年の姿が綴られています。

はるひこ落語「はっちゃんなっちゃん道中記」
はるひこが書いた物語を、落語家のおじさんがアレンジして語るという落語形式の掌編です。若侍の「はっちゃん」と弟分の「なっちゃん」が、皿に描かれたしゃべる狼を助けるため、「湯気出しの殿」の布団の下に生える「むらさき色のきのこ」を奪いに行くという時代劇が展開されます。なつひこの横っ飛びや「こちょこちょ虫」、レンゲが船に変わるなど、はるひこの日常の出来事が江戸時代の冒険譚に変換されています。

母の章

鏡の国のキッチン
台所で夕食の洗い物をする母・みちこの視点で描かれます。書斎から聞こえる夫の不自然に明るい電話の声や、居間のなつひこの単調な声を背に、彼女はラジオの音楽で現実から遠ざかろうとします。しかし、風呂上がりのはるひこが日常の発見を興奮気味に報告しに来る気配を感じると、自らラジオを切り、平坦な顔へと戻ってしまいます。家族と向き合うことの疲労感と、主婦が抱える孤独や閉塞感が、狭い台所を通して生々しく描写されています。

教師の章

小さな観察者、はるひこ君
はるひこの担任教師の視点から、学校生活における彼の特異な存在感が語られます。教室の後ろに私物の本を並べた「はるひこ文庫」を作り、一人で国語辞典を読みふける彼。図工の時間に指を深く切って血を流しても平然と報告し、林間学校の集合写真では皆の輪に入らず写真屋の横からカメラを構えるなど、周囲とは異なる独自の行動をとります。大人の目から見たはるひこの「観察者」としての異質さと、そこから生み出される独自の視点が客観的に綴られています。

スケッチ

1「分速四百メートルの弟」
はるひこ一家の日常を戯曲形式で切り取ったスケッチの一つです。旅人算の問題文にドラマを見出したはるひこが、父まさよしに対して「そもそも、兄と弟って、本当に出会う必要があるのかな?」と根本的な疑問を問いかけます。父は返す言葉を見つけられず頭から湯気を出し、居間にはなつひこの単調な声だけが響くという結末が描かれています。家族間のすれ違いやちぐはぐな空気が、短い会話劇の中に凝縮されて表現されています。

2「図鑑の日」
同じく戯曲形式で描かれる掌編です。学校で教わった「図鑑の日」にちなんで、はるひこが自作の『家族図鑑』を母に披露します。頭から湯気を出す父、ソファで無気力な母、横向きで走る弟を的確に分類していくはるひこでしたが、母から「四人家族だからページが余るのではないか」と指摘され、図鑑作りの虚しさに気づいてしまいます。テレビのCMソングに逃避するはるひこと、バラバラな家族の滑稽で空虚なやり取りが、テンポの良い会話劇として描かれています。

千早亭小倉著作集

千早亭小倉の著作をKindle本を中心に紹介。

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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