【人物設定】
矢尾リリカ:ここあん高校の女子高生。容姿端麗だがシニカルで、全てを見透かす「冷たい最強」。
ぺらいちまい:ここあん大学OB。20代の映像制作者。現代版ハルキ気取りで、撮影不可能なト書きばかり書く実務能力ゼロの男。
【場面設定】
きさらぎタウンにある微笑書店。本に囲まれた静かな店内で、アルバイトのリリカとぺらいちまいが店番をしている。

ぺらいちまい:深夜の街に静かに降り積もる、決して誰にも見つかることのない孤独のような溜息をつきながら、大きく口を開けてあくびをする。
(ぺらいちまい、自分の語りに合わせて、本当に退屈そうにあくびをする)
リリカ:先輩、ト書きがうるさいんだけど。あくびはクビだから。
ぺらいちまい:ひどい。そんなのありえない。そもそも、君は僕と同じただのアルバイトだし、しかも僕の方が年上で先輩だ。僕をクビにする権限なんて君にはない。
リリカ:いまの「あくびはクビ」の出典がわかれば、許してあげる。
ぺらいちまい:わかるわけがないだろう。僕のように世界の孤独を撮影不可能なト書きで表現することに脳の全リソースを消費している、実務能力ゼロの男に、すべてを見透かしている「冷たい最強」の女子高生リリカが繰り出すような、高尚な出典がわかるはずがない。
リリカ:(口の端がひくひくする)無駄に長い。ほら、わからないなら、これを見て。
ぺらいちまい:なんだいこれは。エレクトリックアベセ……?
リリカ:エレクトリックじゃないから。ここあん大学、大丈夫? “The Eclectic Abecedarium”。エドワード・ゴーリーって、シカゴ生まれの絵本作家が、昔の子ども向けのアルファベット手習い帳をパロったミニ絵本よ。
ぺらいちまい:それで「あいうえお」の「あ」で、「あくび」について書いてあるってことか。
リリカ:ねえ、私の話を聞いていた? アルファベットの手習いだから、ABC順。あくびはYawn。読んでみてよ、Yのところ。
ぺらいちまい:Yawnを読ーんでみてよーんって、すごいねリリカは。
リリカ:(冷ややかな視線)……。
ぺらいちまい:ええと、“With every Yawn/A moment’s gone”? 「あくびをするたびに、時間が消え去っていく」ってこと?
リリカ:そう。この本は、昔の退屈な教訓に洒落を利かせてパロディにしているのがポイント。しかも、yawnとgoneで綺麗に韻を踏んでいるでしょう。あくびをするたびに時間が消え去る、つまり、先輩がここで無駄なト書きを妄想している時間も、店番をしている時間も消えてなくなるということ。「あくびはクビ」は私の意訳。なかなかいい訳だと思わない?
ぺらいちまい:もう、君とのやり取りは、こりごーりだよ。
リリカ:こりごーり? まさか、ゴーリーにかけたの? ちっとも面白くないけど、クビは取り消しにしてあげる。
ぺらいちまい:やった! ダジャレで首がつながった。いや、だから何度も言うけれど、最初からリリカには僕をクビにする権限なんてないのだけど。
(幕)
作・千早亭小倉



