登場人物:さやかっくす、まんのすけ
午後二時。筋金入りの引きこもり、まんのすけが自室で「天井のシミの数を数える」という崇高な業務に励んでいた時だ。二階の窓ガラスが、コン、と鳴った。鳥ではない。ネオン色のスニーカーが浮いている。視線を上げると、窓枠に逆さ吊りで張り付く少女と目が合った。
「ちわっす。ここ、外壁のグリップ最高っすね」
「なんだ、ついに迎えが来たか」
「さやかっくすです。塔の管理人やってます」
重力に喧嘩を売るような体勢で、少女はニカっと笑う。まんのすけは布団を頭まで被り直そうとした。
「玄関へ回れ。わしは70年、水平移動しか愛していない」
「水平? 退屈じゃないですか? 世界はこんなに凹凸があるのに」
さやかっくすは、窓ガラス越しにまんのすけの深く刻まれた眉間のシワを指差した。
「お爺ちゃん、いい顔してる。そのシワ、指の引っ掛かりが良さそう」
「わしの人生の苦悩を、ボルダリングの壁として評価するな」
「攻略しがいがあるなあ。この家、全体的に『登ってくれ』って顔してますよ」
「してない。拒絶の顔だ」
「じゃ、またルート開拓に来るっす」
少女はバネのように身を翻し、雨樋を蹴って屋根の彼方へと消えた。
まんのすけは震える手で窓の二重ロックを確認した。物理的な侵入者は防げても、他者という名の不条理な突風は、どうやら防げそうにない。
作・千早亭小倉
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