掌編「模擬面接バス」

霧に濡れた路面が、タイヤを介して微かな震動を伝えてくる。

さやかっくすは指先に力を込めず、掌の皮一枚でその震えを読み取った。自身の神経が、ステアリングのシャフトを通って路面にまで伸びている感覚。彼女にとって、己の筋肉と神経を制御下に置くことは、呼吸と同じくらい当然の規律だった。

背後から、リズミカルな会話の声が響いてくる。

「はい、じゃあ問題です。ねこは、どんなねこでしたか?」

ついさっきまで「足を組まない」「手すりを持って」と、重力に対する正しい姿勢を娘に叩き込んでいた母親の声。その口調は厳格というより、どこか追いかけっこを楽しむ猫のような、真剣さにおかしな熱が混じり込んでいる。

「かわいいねこです」と娘。幼稚園児くらいだろうか。

「おしい、60点。ねこは、なにを付けてた?」

「あ、リボンと、すずをつけたねこ」

「そう、98点! どんなと聞かれたら、見かけを答えましょう」

さやかっくすはバックミラーを視線でなぞる。

自分にも、あんな風にフワフワとした、輪郭の定まらない時期があったのかもしれない。今は、岩壁の一点に全体重を預けられるほどに固まったが、あの座席に座っている小さな生き物は、まだ重力との付き合い方さえ知らない。

「じゃあ、ねずみはどうして逃げたの?」

「ねこがきたから!」

「正解。120点!」

「わぁ、100点よりも多いの?」

論理の枠を軽々と飛び越える採点。さやかっくすは、その不規則なやり取りを、古いアニメの追いかけっこのように背中で感じ取った。捕まえたと思えばすり抜け、予想もしない場所から飛び出してくる。子どもという生き物は、さやかっくすが構築した「制御と予測」の領域の外側にいて、ときどき面白いバグを発生させる。

その柔らかさは、さやかっくすの手の中にあるステアリングを通してつながる鉄の塊とは、決定的に相容れない。だからこそ、その「混ざらなさ」が、車内の空気に奇妙な彩りを与えている。

バスが急な勾配に差し掛かり、遠心力が車体を外側へ引き剥がそうとする。

さやかっくすは速度を殺さず、腰の筋肉を数ミリ緊張させて重心の移動をいなした。

「ほら、ちゃんと掴まって!」

背後で、母親が規律の声を上げる。重力に翻弄される母娘と、それを平然と乗りこなす自分。

さやかっくすは口角をわずかに上げ、アクセルを一定の圧で踏み込んだ。

(了)

作・千早亭小倉

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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