ここあん村って150人しかいないの?|ここあん村バックストーリー

ここあん村の実際の人口は、おおよそ1万人規模です。「あのこと」のあと、ボストー区のような復興住宅地に新しく移り住んできた人たちも含めれば、それなりに大きな共同体として機能しています。

しかし、村の議員であるたたこが「登録人口は150人だから、議員は私ひとりで十分」と言い切るように、いま物語の表舞台で立ち回っているのは、顔なじみの150人ほどの人々です。

実は、この村の人間関係には、ふたつの仕組みが同時に働いています。

ひとつは、「住人ひとりひとりの認知の輪(最大150人程度)」です。1万人の住人全員が、それぞれ自分を中心とした「顔と名前が一致する150人ほどの世界」を持っています。この1万人分の認知の輪が、少しずつ重なり合いながら網目のように広がっているため、村全体の生活やインフラが成り立っています。自分に関係のない人々は、お互いに「ただの賑やかな街の音」や「背景」として自然に受け流されています。

もうひとつは、「波長と化学反応による引き寄せ」です。網目のように人が存在する中で、なぜか性格が似ていたり、理屈っぽかったり、あるいは出会うとドタバタ劇が起きてしまう者同士は、強い磁力で引き寄せ合って小さな集団を作ります。その集団の大きさは数人のグループもあれば、数十人のサークルもあります。

いま物語でスポットが当たっている150人は、ある「磁場」によってたまたま強く結びつき、日々賑やかなドラマを引き起こしている「ひとつの大きな固まり」に過ぎません。

図書館のカウンターに座る菜箸千夏も、別のチャンネルを生きる住人から見れば、名前も知らない「いつもキッチリしている司書さん」に過ぎず、「ちょんまげ生えるわ」と大きな声を上げている徒然士も「時々見かける小難しそうな大学の先生」として風景に溶け込んでいます。

その中で例外もあります。居酒屋「ここきた」の渡良瀬愛子ママや、「あちこち」の大将まっちゃんのように、すべてを受け入れる「街のハブ」となる人物だけは、村中のあらゆる波長を感じ取り、どの網目や集団からやってきた住人も等しく迎え入れています。

スケッチ「夕暮れ時の居酒屋ここきた」

引き戸が開き、ここあん村図書館の司書菜箸千夏が少し疲れた顔でカウンターに座る。トレードマークの業務用エプロンは外し、カジュアルな私服姿。

「愛子さん、温かいお茶をもらえますか」

「お疲れ様、千夏っちゃん。今日も移動図書館、忙しかったみたいね」

渡良瀬愛子が、千夏にお茶を出す。

「ロマコメ号の運行スケジュールは完璧だったんです。ただ、貸出カードの束の端が折れてしまって。それを揃え直すのに気を取られていたら、夕立に降られました」

愛子が大きな土鍋から、湯気を立てる筑前煮を店の皿によそう。 千夏のすぐ隣のテーブル席では、泥だらけの作業着を着た男たちがジョッキをぶつけ合い、大声で笑っている。千夏からは彼らの声がただの「賑やかな環境音」として処理され、視界の端を通り過ぎていく。

「風邪引かなかった? まあ、雨の匂いも悪くないわよね。はい、れんこん多め」

「ありがとうございます。それにしても、このお店はいつも活気がありますね。私の周りには、いつも同じような、少し理屈っぽくて不器用な人たちばかり集まってくる気がします」

「あら、そうかしら」

「だって、今日ロマコメ号に駆け込んできたのも、古河書店の佐助さんと、映画館の伊武さんですよ。古い本の背表紙の糊の成分について、雨の中でずっと議論していて。もっと普通に、晩ごはんのおかずの話とかをする人たちは、ここあん村にはいないんですかね」

千夏がれんこんを箸でつまむ。愛子はおしぼりでカウンターの隅を拭きながら、隣のテーブルで「今日の唐揚げ、衣が最高だな」と笑い合う作業着の男たちと、筑前煮の皿を見つめる千夏を交互に見る。

「この村には1万人もいるんだから、いろんな人がいるわよ。ただ、人にはそれぞれ『知っている人の輪っぱ』があってね。その中で特に波長が合う人同士が、磁石みたいに吸い寄せられて固まっているのよ」

「波長と、磁石?」

「あなたたちの周りに不器用な人ばかり集まるのは、お互いに同じ磁力を持っているから。1万人の網目の中で、たまたまあなたたちの何十人かが強く引き合って、賑やかに騒いでいるだけなのよ」

「なんだか、愛子さんの筑前煮の話みたいですね」

「ふふ、そうよ、筑前煮の話よ。ほら、冷めないうちに食べてちょうだい。奥にいるから、何かあったら声かけてね」

千夏がれんこんを口に運び、ほっと肩の力を抜く。 愛子は厨房の奥へ戻りながら、網目のように広がりつつ、ところどころで強く引き合い煮込まれる人々の世界を、一つの鍋の中でぐつぐつと温め続ける

村人1万人を知っている人はいるの?

結論から言うと、1万人全員の名簿を記憶しているような「知識としての管理者」はいません。

しかし、1万人という人口の規模や、住人たちが無意識に作っている「顔の見える150人の輪」という境界線を一切気にせず、あらゆる人の日常へヌッと入り込んでしまう人物なら存在します。それが、ダダダさんへんてこりん(へんてこさん)です。

彼らは、住人同士の波長の違いやコミュニティの壁を、何の摩擦もなく通り抜けていきます

ダダダさんは、自意識やエゴを持たない「空っぽ」の存在です。相手が誰であれ、抱えている感情や過剰な言葉をそのまま受容するため、どんな人物の「150人の輪」に入り込んでも一切の警戒や不協和音を生みません。気付けば誰のすぐ隣にも静かに佇んでいる、空気のような存在です

一方のへんてこりんは、その場の文脈や意味そのものを無視して現れる「ノイズ」のような存在です。相手がどれほど深刻な持論を語っていても「そうなん?」の一言でその場の議論を停止させ、1万人の誰にとっても「理屈は分からないけれど、そこにいる人」としてすき間に収まってしまいます。

だだださんやへんてこりんが万人全員の事情を把握しているわけではありません。しかし、彼らは、1万人の住人それぞれが生きる世界を軽々と越境し、いつの間にか誰にとっても「顔なじみの150番目の存在」としてそこに座っているような、独特なハブとして村を漂っています。

天野 光
天野 光

私、ここあん高校の
バスケ部にも入ってるのに、
他のバスケ部員は出てこないもんね。
そういうことかぁ。

ここあん村のレイヤーを感じさせる掌編コント

新興住宅地きさらぎタウンの頂点に君臨し、どんな現実も自らの「ステキ」で塗り替えてしまう主婦・矢尾玲子。 いつもの坂道の途中、ふと足を踏み入れた路地の先には、原色のネオンと黄金の像が立ち並ぶ異様な空間「ギラギラ町」が広がっていました。
年収百億を誇る金のスーツの男や、星付きホテルの見栄を競い合う住人たち。彼らが放つ剥き出しの欲望と熱気すらも、玲子の前では「自分を引き立てるための照明」に過ぎません。
村の人口1万人のなかで、人は自分が見たい150人だけを切り取って生きている――。そんなここあん村の認知の仕組みを、ステキさんの強烈なマイペースと、弟・太陽の純粋な想像力が鮮明に浮き彫りにする、爽快な現実侵食コメディをどうぞ。

箱庭コント「いつかステキさんがギラギラする日」
[読むシットコム・コント台本]どんな現実も「ステキ」で塗り替える主婦・矢尾玲子。欲望渦巻く異空間「ギラギラ町」に迷い込むも、住人たちの見栄や熱気すら自分を引き立てる照明に?強烈なマイペースと純粋な想像力が織りなす現実侵食コメディ。作・千早亭小倉
[コント台本・掌編 約600本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

[コント台本・掌編 約600本]

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