ハッシュタグ「おれたちのヒカル」|ZINE「ほつれ」掲載作

「はぁ、今日もオーディション落ちた。俺の才能を理解できるプロデューサーはどこにもいないのか……いや、いる! 俺が落ち続けるのは、きっと俺を陥れようとする陰謀のせいに違いない! チクショーめ!」

壁に向かって叫ぶのは、連載20周年を迎えた超長寿漫画『僕はスター!』(通称『ボクスタ』)の主人公、大河内ヒカル。2年続けて留年し、現在22歳。彼は今日も、大学の片隅で、誰も聞いていないのに熱演を繰り広げていた。周囲に目を向ければ、誰も彼を気にする素振りはない。それが『ボクスタ』の日常であり、読者が愛してやまない「空回りキャラ」ヒカルの真骨頂だった。

読者のミヤザキ(45歳、独身、趣味はアニメ鑑賞)は、紙版しかなかったころからの『ボクスタ』のファンで、ウェブ版に移行してからも、週イチの更新を心待ちにしている。ヒカルの底なしの勘違いと、それを誰も拾わない孤独な滑稽さが、彼のささくれだった心に清涼剤のように効くのだ。

「ああ、今日も誰もヒカルの痛々しい妄想を相手にしてない。最高だぜ……」

ところが、ここ最近、雲行きが怪しい。

「ヒカル君、また壁に向かって熱演してるの? もしよかったら、私が相手になろうか?」

どこからともなく現れたのは、大学のマドンナにして駆け出し女優の卵、桜庭カレン。キラキラした笑顔でヒカルに寄り添う。

「な、なんだと⁉ き、貴様、俺の演技に何か用か⁉ どうせまた俺の才能に嫉妬して、陥れようとする刺客だろう!」

ヒカルはいつもの被害妄想スイッチをONにする。しかし、カレンは怯まない。

「えー、そんなことないよ! ヒカル君の演技、いつも面白いし、私も一緒に練習してみたいなぁって。今度、新しい劇団に入らない? 私が紹介してあげるよ!」

さらに拍車をかけるように、ヒカルが所属する万年弱小劇団に、ある日突然、業界の若手トップ俳優・神崎リュウが現れた。

「大河内ヒカルだね! 君の舞台、たまたま観たよ。その独特のオーラ、まさに天才だ! 一緒に、この劇団を立て直さないか? 君には無限の可能性がある!」

「な、なんだってー⁉」

ヒカルは戸惑う。いつもの「お前は天才だ!」という妄想は、まさかの現実の言葉として降ってきたのだ。

読者であるミヤザキは、スマホを握りしめ、ガタガタと震えていた。

「おいおいおいおい! 冗談だろ⁉ これじゃあ、ヒカルの空回りが成立しねえじゃねえか! 誰かツッコんでやれよ! 『お前の妄想はとどまるところを知らねえな!』って!」

だが、カレンもリュウも、ヒカルの「天才」発言にニコニコしているだけだ。

「ヒカル君、その発想、本当に面白いね!」

「大河内君のアイデアはいつも度肝を抜かれるよ!」

ミヤザキは心の中で叫んだ。

「ちげえよ! 俺たちが求めてるのは、そうじゃねえんだよ! ハッシュタグおれたちのヒカルが泣いてるぜ」

しかし、コメント欄はというと、「カレンちゃん可愛い!」「リュウさん、まさかのイケメンで草」「ヒカルもついに報われるのか……」と、意外にも肯定的な意見が多いよう。ミヤザキは完全に「つまはじき」状態だ。

実は作者の山田(48歳、既婚、最近娘が反抗期)は、連載20年を迎え、すっかりヒカルに情が移っていた。

(俺だけのヒカル……ずっと一人で空回りして、可哀想に。そろそろ誰か、彼の才能を認めてくれる人がいてもいいんじゃないか?)

山田先生は、読者がヒカルを愛する最大の理由が、その「誰にも構われない孤独な空回り」にあることを、全く理解していなかった。彼はただただ、自分の生み出した分身ともいえるキャラクターを、幸せにしてあげたかったのだ。そう、ヒカルの一番の「構い手」は山田先生であり、読者ではなかった。少なくとも、山田先生の中では。

そして、ある日の更新回。 ヒカルは、カレンとリュウ、そして新しい劇団員たちに囲まれ、盛大な打ち上げパーティーを開いていた。テーブルには豪華な料理が並び、シャンパンが泡立つ。

「いやぁ、まさかこんな日が来るとはな! これもひとえに、俺の隠れた才能が、ついに世界に認められ始めた証拠だろう! この劇団は、俺を中心に、必ずや演劇界の頂点に立つ!」

ヒカルは高らかに宣言した。

「ヒカル君、乾杯!」カレンが愛のある視線とともにグラスを差し出す。

「天才俳優・大河内ヒカル君の未来に!」リュウも続く。

その時、画面の端っこに、小さな影が映り込んだ。

壁の陰から、ボロボロのスマホを握りしめたミヤザキが、目に涙を溜めながらこちらを睨んでいる。 

「お、俺は……、俺は一体、この20年間、何を見ていたんだ……? 俺が、お前をずっと見ていたのに…! 一番近くで、お前の空回りに笑い、お前の孤独に寄り添っていたのは……俺なのに……! ハッシュタグおれたちのヒカル」

ヒカルは、仲間たちと大笑いしながら、ミヤザキが隠れている壁の方向をちらりと見た。 そして、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、こう言い放った。

「……おい、読者ミヤザキ。いつまでも影から見てないで、さっさとこっちへ来いよ。お前も仲間に入れてやるぜ……なんちゃって!」

その瞬間、画面の向こうから、ヒカルがミヤザキをパーティーに引きずり込もうとする手が伸びてきた。ミヤザキは、恐怖と困惑に顔を歪ませながら、渾身の力を込めて叫んだ。

「い、いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!! 俺は、孤独なヒカルが好きなんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ(1万光年分略)ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「ちょ、おま……! 読者ミヤザキ、何してんだ!」

ヒカルは戸惑った。ミヤザキは荒い息遣いで、ぜえぜえと喋り続けた。

「俺は……! お前が……! 誰も構ってくれないから……! だから笑えたんだ……! お前の……! その……! クソ痛々しい妄想に……! 心の底から安心して……! 笑って……! 生きてこれたんだ……!」

ヒカルは、そんな読者ミヤザキの悲痛な叫びを、初めて真剣な表情で聞いた。

「お前は……俺の孤独に、共感してくれていたのか。そんなに3点リーダーを無駄遣いしながら」

ミヤザキは、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で首を縦に振った。その瞬間、ヒカルの頭の中に、山田先生を差し置いて、新しい物語の構想が閃いた。

「よし! 決めたぞ! 俺は、この劇団の次の公演で、読者ミヤザキ……お前を主役にする! テーマは……『最も孤独な観客のための、究極のソロ公演 3点リーダーだくだくだ』だ!」

「は……はあ?」ミヤザキは目を丸くした。

ヒカルは再び壁に向かって熱演を始めた。

「照明は俺一人! 舞台は真っ暗闇! 客席には、たった一人、そう、お前だけだ、読者ミヤザキ! 俺は、お前のために、ひたすら痛々しく、ひたすら空回りし続ける! そして、お前は心の底から俺を笑うんだ! どうだ⁉ これこそが、俺とお前の、究極の共犯関係! 誰も入れない、俺たちの世界だ‼」

共感キャラだったカレンとリュウも、さすがに困惑した顔で顔を見合わせる。 

「ヒカル君……また新しい妄想を……?」

「いや、大河内君……それは、ちょっとドラマツルギー的にだね……」

しかし、読者ミヤザキは、なぜか再び安堵の表情を浮かべ、声を出して笑い始めた。

「ククク……ハハハハ! そうだ! そうだよヒカル! それが俺たちが、いや俺が求めていたものだ! 絶対すべるだろう、そんな公演。誰も理解できない、お前と俺だけの……痛々しい舞台! 最高だぜ! 今日も飯が美味え!」

山田先生は、ヒカルが再び壁に向かって叫び、読者ミヤザキがそれを笑顔で受け止める姿を見て、そっとペンを置いた。

(あれ? なんか……元の『ボクスタ』より、さらに痛々しくなったような……? しかも、読者と直接会話を始めちゃったよ。これ、これでいいのか? いや、でも、ヒカルが楽しそうだから、いっか!)

その日以来、『僕はスター!』は、主人公ヒカルと読者ミヤザキの「痛々しい共依存コメディ」として、さらなるカルト的な人気を博していくことになる。

(完)

作・恋流波東彦

恋流波 東彦|箱庭ここあん村の住人紹介
氏名: 恋流波 東彦(こひるは はるひこ)ペンネーム: ハリー=ラブ年齢: 60代半ば肩書: 元編集者、元塾講師、元団体職員(東北での移動図書館長)。現在はフリーランス。観察するポンコツ、永遠のモラトリアム青年基本的にはいつも機嫌が良く、ノ…
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[コント台本・掌編 約600本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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