前の話の、「おしまい」の、すぐ後のお話。
あ、これがその「前の話」ね。

お父さんにこのお話を読んでもらった子どもは、尋ねました。
「ねえ、なんで、なにもないのに、住人がいるの? なんで、住人は、船とか手袋とか名前を知っているの? この作者はばかなの?」
お父さんは、うーん、と困ってしまいました。
その時です。本の中から、声が聞こえてきました。
「……おい、聞いたか、今の?」
なーんにもない国では、住人たちが顔を見合わせていました。いや、顔はないので、お互いの「いる」という気配を見合わせたとでも言いましょうか。
「ああ、聞いたとも」
帽子くん(元住人C)が言いました。
「俺たちのことを言っているんだな」
「『なんで、なにもないのに、住人がいるの?』だって?」
手袋さん(元住人D)が、自分の手(のようなもの)を見つめました。
「言われてみれば、そうだ。俺たち、なんで『いる』んだろうな」
「『作者はばかなの?』だってさ!」
船長さん(元住人E)が、お腹を抱えて笑いました。
「ひどい言われようだな、俺たちを作ったやつ!」
みんな、わはは、と笑いました。でも、その笑いは、すぐに消えてしまいました。
「……待てよ」
最初にパンツを見つけた住人Aが、深刻な気配で言いました。
「そうだよ。俺たちは、どうして『手袋』とか『船』とか、そんな言葉を知っていたんだ? この国には、パンツが来るまで、なーんにもなかったはずなのに」
シーン、と、国が本当の意味で静かになりました。
今まで、ぼんやりと「ある」ことだけが確かだった自分たちの存在が、急にぐらぐらと揺らぎ始めます。
「そうだ……」
手袋さんが、ぶるぶると震え始めました。
「俺は、知っている……。凍えるような吹雪の日に、指がかじかまないように、分厚い皮の『手袋』をはめる感覚を……」
「あ、ああ……!」
帽子くんも、頭(のような部分)を押さえました。
「俺もだ! 潮風に飛ばされないように、深く『帽子』をかぶって、海賊船の見張り台に立っていた記憶が……!」
「お、おお……!」
船長さんは、膝から崩れ落ちました。
「俺は、嵐の海で、巨大な『船』の舵を必死に握っていた…! パンツなんかじゃない、本物の、木の匂いがする船だった!」
住人たちは、次々と思い出し始めました。
自分たちが、この「なーんにもない国」の住人ではなかったことを。
寒い雪国のお話、勇ましい海賊のお話、大航海時代のお話……みんな、別の物語の登場人物だったのです。
「じゃあ、俺たちは、なんでこんなところに?」
「決まってるだろ!」
住人Aが叫びました。
「『作者』ってやつが、俺たちを元の物語から勝手に連れ出してきて、この『なーんにもない国』っていう都合のいい舞台に放り込んだんだ!」
「なんてひどいことを!」
「キャラクターの誘拐だ!」
「俺の物語を返せ! いや、俺を俺の国に帰せ」
住人たちは、生まれて初めて「怒り」という感情で、真っ白な世界を真っ赤に染めました。
「こうしちゃいられない!」
手袋さんが立ち上がりました。
「俺は帰る! 俺の雪国へ!」
「俺もだ! 俺の船が待ってる!」
船長さんも続きます。
でも、どうやって? ここは、なーんにもない国。出口なんて、どこにもありません。
その時、また天から声がしました。子どもの声です。
「あ、お父さん、この本、ページの隅っこが破れてるよ」
「なんだって!」
住人たちは、一斉に国の隅っこ、ページの端っこへと走りました。
見ると、確かに、ほんの少しだけ、この白い世界が破れています。その向こうに、見たこともない、ごちゃごちゃとした色と形の世界がちらりと見えています。
お父さんと子どもがいる、部屋のようです。
「あそこだ! あそこから出られるんだ!」
「行くぞー!」
住人たちは、わらわらと、その破れ目へと殺到しました。
「作者はばかだー!」と叫びながら、一人が飛び出す。
「読者のほうが賢いぞー!」と叫びながら、また一人が飛び出す。
みんな、自分たちの本当の物語を取り戻すために、必死でした。
そして、こちらはお父さんと子どもの部屋。
お父さんが、「作者はばかなのかもねえ」と苦笑いした、その時です。
読んでいた本の中から、本当に、のっぺらぼうの変なやつらが、わらわらと飛び出してきました!
「うわーっ!」
子どもは、びっくりして椅子から転げ落ちました。
「俺の手袋はどこだー!」
「俺の海賊船を返せー!」
顔のない住人たちは、部屋の中を駆け回り、本棚をひっくり返し、おもちゃ箱をあちこちにぶちまけます。
お父さんは、あっけにとられて、ただその光景を眺めているだけでした。
やがて、住人たちは、窓の外へと飛び出していきました。それぞれの故郷である「物語」を探しに、街の中へと消えていきます。
あとに残されたのは、めちゃくちゃになった部屋と、ぽかんとしているお父さんと子どもだけ。
しばらくして、子どもは、むくっとかむっくとか知りませんが、ともかく起き上がると、お父さんの顔を見て、にーっと笑いました。
「ねえ、お父さん」
「この作者、最高に面白いね!」
お父さんも、つられて大笑いしてしまいました。
そして、ここは、どこか遠くのアトリエです。
ええ、そうよ。
作者なんて、少しばかり「ばか」なくらいが、ちょうどいいのかもしれないわね。
だって、その「ばか」な隙間から、登場人物たちが勝手に逃げ出して、新しい物語を始めてくれるんですもの。
これこそ、本当の「始まり」のお話。
おしまい。
作・恋流波東彦
「おはぎはんが作ったおはなしが面白かったので、つい続きを書いてしまいました」(恋流波東彦)



