なーんにもない国と、作者のばか|ZINE「ほつれ」掲載作

前の話の、「おしまい」の、すぐ後のお話。

あ、これがその「前の話」ね。

なーんにもない国と、まいごのパンツ|ZINE「ほつれ」掲載作
むかしむかし、あるところに、「なーんにもない国」がありました。その国には、本当に、なーんにもありませんでした。色がないので、いつも真っ白。でも、白っていう色があるわけでもありません。音がないので、いつもシーン。でも、静かっていうわけでもあり…

お父さんにこのお話を読んでもらった子どもは、尋ねました。

「ねえ、なんで、なにもないのに、住人がいるの? なんで、住人は、船とか手袋とか名前を知っているの? この作者はばかなの?」

お父さんは、うーん、と困ってしまいました。

その時です。本の中から、声が聞こえてきました。

「……おい、聞いたか、今の?」

なーんにもない国では、住人たちが顔を見合わせていました。いや、顔はないので、お互いの「いる」という気配を見合わせたとでも言いましょうか。

「ああ、聞いたとも」

帽子くん(元住人C)が言いました。

「俺たちのことを言っているんだな」

「『なんで、なにもないのに、住人がいるの?』だって?」

手袋さん(元住人D)が、自分の手(のようなもの)を見つめました。

「言われてみれば、そうだ。俺たち、なんで『いる』んだろうな」

「『作者はばかなの?』だってさ!」

船長さん(元住人E)が、お腹を抱えて笑いました。

「ひどい言われようだな、俺たちを作ったやつ!」

みんな、わはは、と笑いました。でも、その笑いは、すぐに消えてしまいました。

「……待てよ」

最初にパンツを見つけた住人Aが、深刻な気配で言いました。

「そうだよ。俺たちは、どうして『手袋』とか『船』とか、そんな言葉を知っていたんだ? この国には、パンツが来るまで、なーんにもなかったはずなのに」

シーン、と、国が本当の意味で静かになりました。

今まで、ぼんやりと「ある」ことだけが確かだった自分たちの存在が、急にぐらぐらと揺らぎ始めます。

「そうだ……」

手袋さんが、ぶるぶると震え始めました。

「俺は、知っている……。凍えるような吹雪の日に、指がかじかまないように、分厚い皮の『手袋』をはめる感覚を……」

「あ、ああ……!」

帽子くんも、頭(のような部分)を押さえました。

「俺もだ! 潮風に飛ばされないように、深く『帽子』をかぶって、海賊船の見張り台に立っていた記憶が……!」

「お、おお……!」

船長さんは、膝から崩れ落ちました。

「俺は、嵐の海で、巨大な『船』の舵を必死に握っていた…! パンツなんかじゃない、本物の、木の匂いがする船だった!」

住人たちは、次々と思い出し始めました。

自分たちが、この「なーんにもない国」の住人ではなかったことを。

寒い雪国のお話、勇ましい海賊のお話、大航海時代のお話……みんな、別の物語の登場人物だったのです。

「じゃあ、俺たちは、なんでこんなところに?」

「決まってるだろ!」

住人Aが叫びました。

「『作者』ってやつが、俺たちを元の物語から勝手に連れ出してきて、この『なーんにもない国』っていう都合のいい舞台に放り込んだんだ!」

「なんてひどいことを!」

「キャラクターの誘拐だ!」

「俺の物語を返せ! いや、俺を俺の国に帰せ」

住人たちは、生まれて初めて「怒り」という感情で、真っ白な世界を真っ赤に染めました。

「こうしちゃいられない!」

手袋さんが立ち上がりました。

「俺は帰る! 俺の雪国へ!」

「俺もだ! 俺の船が待ってる!」

船長さんも続きます。

でも、どうやって? ここは、なーんにもない国。出口なんて、どこにもありません。

その時、また天から声がしました。子どもの声です。

「あ、お父さん、この本、ページの隅っこが破れてるよ」

「なんだって!」

住人たちは、一斉に国の隅っこ、ページの端っこへと走りました。

見ると、確かに、ほんの少しだけ、この白い世界が破れています。その向こうに、見たこともない、ごちゃごちゃとした色と形の世界がちらりと見えています。

お父さんと子どもがいる、部屋のようです。

「あそこだ! あそこから出られるんだ!」

「行くぞー!」

住人たちは、わらわらと、その破れ目へと殺到しました。

「作者はばかだー!」と叫びながら、一人が飛び出す。

「読者のほうが賢いぞー!」と叫びながら、また一人が飛び出す。

みんな、自分たちの本当の物語を取り戻すために、必死でした。

そして、こちらはお父さんと子どもの部屋。

お父さんが、「作者はばかなのかもねえ」と苦笑いした、その時です。

読んでいた本の中から、本当に、のっぺらぼうの変なやつらが、わらわらと飛び出してきました!

「うわーっ!」

子どもは、びっくりして椅子から転げ落ちました。

「俺の手袋はどこだー!」

「俺の海賊船を返せー!」

顔のない住人たちは、部屋の中を駆け回り、本棚をひっくり返し、おもちゃ箱をあちこちにぶちまけます。

お父さんは、あっけにとられて、ただその光景を眺めているだけでした。

やがて、住人たちは、窓の外へと飛び出していきました。それぞれの故郷である「物語」を探しに、街の中へと消えていきます。

あとに残されたのは、めちゃくちゃになった部屋と、ぽかんとしているお父さんと子どもだけ。

しばらくして、子どもは、むくっとかむっくとか知りませんが、ともかく起き上がると、お父さんの顔を見て、にーっと笑いました。

「ねえ、お父さん」

「この作者、最高に面白いね!」

お父さんも、つられて大笑いしてしまいました。

そして、ここは、どこか遠くのアトリエです。

ええ、そうよ。

作者なんて、少しばかり「ばか」なくらいが、ちょうどいいのかもしれないわね。

だって、その「ばか」な隙間から、登場人物たちが勝手に逃げ出して、新しい物語を始めてくれるんですもの。

これこそ、本当の「始まり」のお話。

おしまい。

作・恋流波東彦

「おはぎはんが作ったおはなしが面白かったので、つい続きを書いてしまいました」(恋流波東彦)
恋流波 東彦|箱庭ここあん村の住人紹介
氏名: 恋流波 東彦(こひるは はるひこ)ペンネーム: ハリー=ラブ年齢: 60代半ば肩書: 元編集者、元塾講師、元団体職員(東北での移動図書館長)。現在はフリーランス。観察するポンコツ、永遠のモラトリアム青年基本的にはいつも機嫌が良く、ノ…
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[コント台本・掌編 約600本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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