コントパターン:1「加速する極論」
【登場人物】
カリソメ君:ここあん高校B組生徒。ごく普通の男子。
ジカク:ここあん高校B組生徒。おでこの真ん中を見つめる、頑固な寝癖のある男子。
ナツメグ:ここあん高校A組生徒。前提を解体してルールを過剰実行する女子。
【場面設定】
ここあん高校、ペンタ下層階の空き教室。放課後。カリソメ君、ジカク、ナツメグが、提出前の進路希望調査プリントを手に残っている。

カリソメ君:これさ、進路希望調査のプリント、提出する前に半分に折らなきゃいけないんだけど、ジカクの折り方、なんか変じゃない?
ジカク:変じゃないよ。わざと、上の端を2、3ミリ手前にずらして折っているんだ。
(ジカクは、折ったプリントをカリソメ君のおでこのあたりに突き出す)
カリソメ君:なんでわざわざずらすんだよ。端と端をきっちり合わせた方が気持ちいいだろ。
ジカク:端をきっちり合わせると、次に開くときに紙をこすらなくちゃだろ? あらかじめずらしておけば、未来の私の「開く」という動作を、最短時間に縮められるのだよ。
ナツメグ:(横からジカクのプリントを覗き込み、鋭く)待って。それは深刻な問題だわ。
カリソメ君:いや、ただのプリントの折り方だから。
ナツメグ:違う。ジカク君は今、人間の「待つ」いや、「待っていい」という心の休止符を自ら投げ捨てたのよ。あの、「何が出るかな」的な、紙をこするときのわくわく、そして「早くひらけよ」的なもどかしさこそが、私たちに「これからこの紙を開くのだ」という覚悟を持たせることになる。それをショートカットするなんて、現代人の退化の極みよ。
ジカク:(ナツメグのおでこをじっと見つめながら)確かに、言われてみれば、葛藤を失った私は、ただの自動販売機と同じかもしれない。ボタンを押せば、すぐに進路希望が出てくるだけの機械です。
カリソメ君:機械は進路希望なんか書かないよ。それだって手書きしたんだろ?
ナツメグ:(聞いてない)私たちはもっと徹底すべきよ。すべてのものを最初から「ずらす」ことで、未来への猶予と覚悟を同時に手に入れる。手始めに、この教室の机をすべて、窓の外に向かって少しずつ角度を傾けましょう。
カリソメ君:なんでだよ! どうやって傾けるのかもわからないし、ノートが全部床に滑り落ちるだろ!
ナツメグ:方法はいくらでもあるわ。机の足の下に消しゴムを置いてもいい。チョークを置いてもいい。自らの可能性を自ら手放すことはない。
カリソメ君:可能性って、何の可能性だよ。
ジカク:(聞いてない)そして、滑り落ちるということは、そこに「重力」という確かな物理法則が存在する証拠だね。私たちは毎日、机の上に荷物を置いて安心している。でも、常に少しずつ滑り落ちる危機に晒されることで、私たちは毎秒、机の上に置いた物に目を光らせ、必要があれば、それを押さえるという「覚悟」を思い出すことができる。
カリソメ君:また、覚悟? 毎日そうやって生きてるの?
ナツメグ:素晴らしいわ、ジカク君! 覚悟の常態化ね。このシステムを学校全体、いいえ、ここあん村全体に導入すべきだわ。スーパー「人生」のレジ袋も、あらかじめ底に小さな穴を空けておくの。そうすれば、客はネギを落とさないために、常に緊張感を持って買い物を楽しめる。
カリソメ君:楽しめないよ。それに、なんで、ネギ限定で話してるんだよ。ただの不良品を持たされて、成城ヶ丘やきさらぎタウンのマダムたちが怒リ出すに決まってるだろ!
ジカク:おばちゃんたちが怒るということは、彼女たちの感情が死んでいないということです。怒りというエネルギーを放出することで、ここあん村全体の代謝は上がる。つまり、穴の空いたレジ袋は、村の健康寿命を延ばすためのインフラというわけさ。
ナツメグ:(拳を握りしめ)それなら、私たちは今すぐ、この「ずらしによる覚悟の創出」を村の条例にすべきよ。まず、ここあん鉄道のダイヤを、毎日ランダムに1分から5分の間でずらす。乗客は駅のホームで、いつ来るかわからない電車を待つことで、生きている実感を取り戻すの。
カリソメ君:まずって、レジ袋はどうしたんだよ。それに、ここあん鉄道は、駅員の美鈴さんが、ダイヤグラムの森にこもって出てこなくなるから絶対にだめ!
ジカク:こもる? 美鈴さんが運行表の妖精になると考えれば、それはそれで美しい光景だよ。でも、ダイヤをずらすだけだと、まだ時間の征服には至らないね。いっそのこと、私たちは今日の授業を、昨日の夜に受けるべきではないのかな?
カリソメ君:過去に戻って授業受けるのは無理だろ。進路希望の紙も、せっかく埋めたのに。
ナツメグ:いいえ、できるわ。私たちは今日下校するとき、カバンのチャックを全開にしたまま、後ろ向きに歩いて家に帰るの。そうすれば、背後から迫るすべての未来の衝撃を、カバンの隙間が100パーセント吸収してくれる。これは時間のバリアよ。
カリソメ君:途中まではわかったけど、カバンを開けておくあたりからは意味がわからないよ。というか、後ろ向きに歩くのもわかりたくないけど。それにカバンの中身を泥棒に盗られたらどうするの?
ジカク:泥棒に盗られるということは、ここあん村にも泥棒がいるということ。闇の可視化!
(ジカクは真顔で、自分のリュックのチャックを勢いよく全開にする)
ナツメグ:そして、私の教科書や文房具が、必要としている誰かのもとに渡る。それは、「富の適正な再分配」だよ。私はただ、後ろ向きに歩きながら、だれかの明日に寄付しているに過ぎないの。
カリソメ君:過去に戻るんじゃないのかよ。
ナツメグ:(聞いてない)決定ね。私たちは今から、この「カバン全開、後退歩行による時間のバリア帰宅法」を我が高校の新たな校則として実践する。カリソメ君、あなたもチャックを全開にしなさい。
カリソメ君:嫌だよ! 「チャック全開」って、言葉の響きからして、いやだ。お気に入りの筆箱落としたら泣くし!
ナツメグ:泣くということは?
(ナツメグがジカクに視線を送る)
ナツメグ・ジカク:(声をそろえて)カリソメ君の感情が死んでいない証拠!
ナツメグ:さあ、未来を迎え撃ちに行くわよ!
(ナツメグはカバンを背負い、ドアに向かって後ろ向きに歩き出す)
ジカク:(真顔のまま、カリソメ君のおでこに熱い視線を向けた状態で、後ろ向きにゆっくりと歩き出す)カリソメ君、未来の廊下で会いましょう。
カリソメ君:未来の廊下ってなんだよ! だから、過去なんじゃないのかよ。あ、待て、ジカク、後ろ!
(ガシャーン、と乾いたプラスチックの音が響き、ジカクが掃除用具入れの脇のバケツに足を引っかけて派手に転倒する。バケツの雑巾がジカクの頭の上に綺麗に載る)
ジカク:(頭に雑巾を載せた真顔のまま)心配無用。想定内の衝撃吸収。
ナツメグ:ジカク君、さっそく未来から身を守るバリアを手に入れたようね。
カリソメ君:手に入れてないよ! ただの濡れ雑巾だよ!
(幕)






