「『他者との永続的な関係構築を恐れる男』、か。高校生が選ぶには少し大人びたテーマだけれど、今の神崎君自身を映すには、これ以上ない鏡ね」
海野みかん先生は僕の肩に軽く手を置くと、いたずらっぽく微笑んで、僕の顔を覗き込んだ。
「ねえ、神崎君。一つ、実験をしてみない?」
「実験、ですか?」
「そう。『コンクリートの涙』を無理に進める前に、この『他者との永続的な関係構築を恐れる男』という同じ一つのテーマで、あなたの中にいる四人に、一本ずつ短編を書かせてみるの」
僕は息を呑み、すぐ横にあるみかん先生の横顔を見つめた。
「お題の初期配置は同じにするのよ。たとえば、小学生の頃についた『百階建ての家』という嘘、高校や大学で『DVD』を口実に誰かを部屋に招くこと、そして大人になって『終電』を逃した女性を部屋に泊める朝。君の実体験や、街で見聞きした話を混ぜていいわ。その同じ骨格を使って、無頼の彼、建築家の彼、お人好しの彼、気取り屋の彼に、それぞれ最後まで書かせてごらんなさい」
その提案は、僕にとって思いもよらない突破口のように響いた。
そうだ。一人の「正しい自分」として書こうとするから、天野さんの熱量とぶつかって動けなくなるのだ。いっそ、僕の中にいる四人の分裂した自分をすべて檻から出して、同じ条件で競わせてみればいい。
「書き上がったら、私だけじゃなくて、あなたと一番違う視点を持つ人たちにも読んでもらいましょう。そうすれば、誰が一番強くて、誰が一番嘘つきで、今のあなたに何が足りないのか、きっと自分の目で見極められるはずよ」
背筋を、今まで感じたことのない種類の、静かな興奮が駆け上がった。データを固定し、ペルソナという変数だけを変えて出力を比較する対照実験。それは、僕の「分析癖」に最も合致した戦い方だった。
「面白そうですね、海野先生」
僕が顔を上げて答えると、みかん先生は「うん」と嬉しそうに頷き、僕の肩を軽く二度叩いてから離れた。
「じゃあ、原稿が上がるのを楽しみに待っているわね。あまり頭でっかちにならずに、言葉の手触りを楽しんで書いてちょうだい」
空き教室を出た僕の足取りは、来た時よりもずっと軽くなっていた。 四人の僕による、孤独の解剖実験。
僕は部室へと戻り、堂島が黙々と建築雑誌をめくり、天野さんがスケッチブックを広げている長机の端で、新しいルーズリーフを四つの束に分けた。
(第三話へ続く)
作・千早亭小倉



