よいしょ、よいしょ、しゅっしゅっ。
よいしょ、よいしょ、しゅっ。
かんたは小さな移動図書館車。 小さな体に、たくさんの物語を詰め込んで、今日も山道を登っていきます。
大きな移動図書館車のお母さんには行けない、細くて曲がりくねった道の先。そこには、小さな分校と、かんたを待っていてくれる子どもたちがいるのです。
「うーん、うーん!」
本は一冊一冊は軽くても、たくさん集まると、とっても重いのです。かんたは、小さなエンジンを一生懸命うならせながら、急な坂道を力いっぱい登ります。
「かんた、来たー!」
坂を登りきると、校庭で待っていた子どもたちが、歓声をあげて駆け寄ってきました。
「ねえ、かんた、今日はどんな本があるの?」
「ねえ、かんた、ぼく、この探偵の話の続きが読みたい!」
子どもたちは、かんたの横がゆっくり開いて本棚が現れると、目をきらきらさせて本を選びます。そして、かんたの周りの草むらに座り込んで、夢中になってページをめくり始めるのです。
子どもたちの笑い声や、物語に驚いて小さく息をのむ音。かんたは、そのすべてを聞いているのが大好きでした。
そのときです。
子どもたちが遊んでいた森の奥から、大きな黒い影が、のっそりと姿を現しました。
それは、くまでした。
さっきまでの賑やかさが嘘のように、辺りは静まり返りました。子どもたちは、本を持ったまま凍りつき、息をすることも忘れたように、くまをじっと見ています。
くまも、子どもたちをじっと見ているようです。
かんたは……、かんたも、怖くてたまりませんでした。かんただって、小さな図書館車だもの。大きな自然の前では、無力です。タイヤが、がたがたと震えだします。
でも、かんたはそのとき感じました。
恐怖に震える子どもたちが、頼るように、祈るように、かんたの固い車体に身を寄せ始めたのです。その背中やドアに、小さな手のひらが、たくさん、ぴたりとくっつくのです。子どもたちの体の震えが、かんたの鉄の体に直接、じんじんと伝わってきます。
その瞬間、かんたの中で何かが変わりました。
(あ……ぼくは、くまと、この子たちの間にいるんだ)
(ぼくが、壁なんだ。ぼくが、盾なんだ)
かんたは、自分の震えの上に、子どもたちの震えを確かに感じていました。
恐怖が消えたわけではありません。でも、その恐怖を上回るほどの、あたたかくて、力強い気持ちが、エンジンの奥から湧き上がってくるのを感じました。
かんたは、ありったけの勇気を振りしぼりました。
「ブルルルルン! ブルンッ!」
エンジンを、わざと大きな音を立ててふかしました。静かな森に、かんたの決意の音がひびきわたります。
くまは、びくりと肩を揺らし、かんたの方を見ました。かんたの方だけを、見ました。
(これ以上こっちへ来たら、どうしよう。そうだ、ぶつかっていく。やったことないけど、やるしかないんだ)
くまは、しばらくかんたを、そして子どもたちをながめていましたが、やがて興味を失くしたように、ゆっくりと背中を向け、また森の奥へと帰っていきました。
嵐が去った後のように、静かな時間が流れました。
かんたは、ひとりの男の子の手のこわばりがゆるむのを感じました。それに続くように、ほかの子どもたちも、かんたのからだを優しくなでたり、かんたにぎゅっと抱きついたりしました。
「かんた、ありがとう」
「かんたぁ、こわかったよー」
「かんたがいてくれて、よかった」
口々にささやく子どもたちの声と、小さな手のひらの温かさに包まれて、かんたの震えはいつの間にか止まっていました。かんたは何も言いません。ただ、子どもたちのぬくもりを感じているだけで、胸がいっぱいになりました。
帰り道は、夕日が優しく照らす下り坂です。
たくさんの本を貸し出したので、かんたの体は行きよりもずっと軽くなっていました。
でも、それ以上に、かんたの心は、子どもたちからもらった温かい気持ちで満たされて、ぽかぽかと、軽やかだったのでした。
おしまい
作・真木まき




