【登場人物】
リリカ:ここあん高校の生徒。「冷たい最強」。
矢尾 玲子:リリカの母。自らのことを「ステキさん」と呼ぶ。
【場面設定】
平日の夕方。矢尾家のリビング。玲子が、買ってきたばかりの「オーガニック・ルイボスティー」の箱をうっとりと眺めている。テーブルには、きらびやかなマカロンの箱も置かれている。リリカが自室から出てくる。手には安部公房の文庫本。
玲子:あら、プリンちゃん。ちょうどよかったわ。
(リリカ、母の声を無視し、冷蔵庫に向かおうとする)
玲子:(リリカの前に回り込み、完璧な笑顔で)見てちょうだいな、これ。今、成城が丘の「パティスリー・タンバリン」で手に入れたの。こういう、体にいいものを取り入れて、ステキさんのように自分を磨くことって、一番ステキなことでしょう?
リリカ:「自分を磨く」。面白い表現ね。まるで、すり減ることでしか価値を証明できないみたい。
玲子:(リリカの皮肉を理解せず、ソプラノの声を半オクターブ上げ)まあ、プリンちゃんったら、詩的! そういう知的な表現、ステキさん、だーい好きよ。あなたも、もう少し外見を磨いたら、その奥の知性も輝くでしょうに。
リリカ:私は別に輝きたくない。蛍光灯じゃあるまいし。
玲子:もう、シャインガールなんだから。そうだ、プリンちゃん、今度の日曜、空いてる?
リリカ:(文庫本に目を落とし)……空いてるか、空いてないかで言えば、空いてるわね。でも、それは物理的なスケジュール上の話であって。
玲子:(大げさに手を胸の前でひらひらさせ)よかった! 実はね、きさらぎ文化会館で、「世界がときめく! プリンセス・マナー講座」っていうのを、ステキさん見つけたの! 一流ホテルの元チーフアテンダントが教える、フォークとナイフの使い方! 知的でステキでしょう?
リリカ:……(本から顔を上げ、母を無表情で見つめる)
玲子:あら、どうしたの? ステキすぎて、言葉も出ないかしら?
リリカ:……お母様。
玲子:はい、プリンちゃん。
リリカ:その講座、『砂の女』まんまよ。安部公房の。
玲子:あべ……こうぼう? なあに、それ。アクセサリーのお店かパン屋さん?
リリカ:『砂の女』は、砂穴に閉じ込められて、ひたすら砂を掻き出すことを強制される女の話よ。
玲子:まあ、大変! お掃除の方? それこそ「自分磨き」ね!
リリカ:……そのマナー講座も同じって言ってるのよ。「フォークは外側からー」とか「ナイフはこう持つー」とか、誰が決めたのかもわからないルールに縛られて。どんだけ砂を掻き出せば、その穴から出られるわけ?
玲子:まあ、穴に入るなら行くのよそうかしら。ステキさん、そういうの好きじゃないから。
リリカ:賢明ね。
玲子:だったら、プリンちゃんだけでも「ステキなフォークの使い方」を覚えていらっしゃいよ! アクセサリー……あら、おそうじの方だったかしら、ステキさんわからなくなっちゃったじゃない。その方たちと大好きな穴に入って。ね、そうなさいな。
リリカ:……(深く、冷めたため息をつく)
玲子:そうそう、そんなことより、プリンちゃん、どっちのマカロンがいいかしら? ピスタチオ? それとも、フランボワーズ? こういう「選べる」って、ステキなことよね!
(リリカは何も答えず、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出すと、静かに自室のドアへと消えていく。玲子は、その背中に満面の笑みを向け、高らかに声をかける)
玲子:もう、プリンちゃんったら、シャインガールなんだから! ……じゃあ、フランボワーズはステキさんがいただいちゃいますよー!
(玲子は、一人、優雅にマカロンを口に運び、完璧な満足感に浸っている)
(幕)
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