【登場人物】
菜箸 かな:フリーランスの翻訳家。知的でユーモアがあり、常にフラットな視点を持つ「しなやかな知性」の持ち主。※菜箸千夏(ここあん村図書館員)の姉。
郷田 剛:克枯町商店街会長。地元愛は強いが、自己顕示欲も強く、自身の銅像建立を夢見ていると噂されている。
伊武 人具:映画館「夕日座」の支配人。頑固一徹の職人気質。郷田会長の突飛な企画に、いつも渋々付き合わされている。
【場面設定】
平日の昼下がり。昭和の面影が残る克枯町の商店街 。映画館「夕日座」の前で、郷田会長が伊武支配人を捕まえ、何かの企画書を広げて熱弁を振るっている 。そこを、翻訳の仕事の資料を探しに来た菜箸かなが通りかかる。

(郷田が、伊武の肩をバンバン叩きながら熱っぽく語っている)
郷田 剛:だからよ、伊武ちゃん! これが成功すりゃ、この克枯町再生のシンボルになるって! これぞ、「郷田でGOだ!」だよ!
伊武 人具:(やや迷惑そうに企画書から目をそらし)シンボルねえ。あんたの情熱はわかるけど。しかし、本当に商店街のためになるのかね?
郷田:いや、だから、「顔」が大事なんだよ、「顔」が! みんながパッと見て、「おおっ!」てなるような、一度見たら忘れられないような顔がよ!
伊武:(郷田の強面の顔を見ながら)顔ねえ…… 。
(少し離れた場所から、菜箸かなが郷田と伊武の話に聞き耳を立てている)
菜箸 かな:(心の声)郷田会長の銅像づくりの話、本当なのね。噂では耳に入ってきてたけど、直に聞くのは初めて。それにしても、自分の顔をシンボルにしたいなんて、男の人って、もう……。
郷田:どうせならよ、こう……ピカピカさせたいんだよ! (太陽を見上げて)光に当たるとキラッ、とよ!
伊武:ピカピカ……? 趣味が悪くないか。そんな金ピカの「顔」なんか、誰もありがたがらねえよ。
かな:(離れた場所で、表情はドン引き。心の声)金ピカの、顔。想像以上に自己顕示欲が強いのね、会長さん… 。
郷田: 分かってねえなあ、伊武ちゃんは! 時代だよ、そういう時代。そのピカピカが信頼の証になるんだよ! そんで、これを商店街中、ガンガン回していくんだよ!
伊武:信頼はいいけど、そんなうまく回るもんかね。
かな:(小声、ついに耐えきれず吹き出しそうになりながら)回す……? 金ピカの自分の顔を……ぐるぐる回すの? 時代がって、センスが平成通り越して、昭和よ。それも、商店街中って、いくつ銅像建てる気なのかしら。
(ふたりの話が気になりすぎて、とうとうかなが会話に入ってしまう )
かな:あの、郷田会長さん。ちょっと伺っても?
郷田:おお、かなさん! いいところに! ヤングの感性でどう思う? この企画!
伊武:聞いてたのかい? 会長がぐるぐる回したいんだって、商店街中。
かな:ええ、とても斬新だと思います。ただ、いくらなんでも、ピカピカのお顔を回すというアイデア、少し奇抜すぎやしませんか? 景観条例みたいな話もありますし……。
郷田:……は、回す? 顔を?
伊武:……景観、条例?
かな:ええ。それにしても、会長の胸像を、どうやるんですか、回転台か何かに乗せるんですか? それを商店街のあちこちに置くのは……まだ、ひとつならわかりますけど。
(一瞬の沈黙 )
伊武:……かなさん、あんた。
郷田:(真顔で、企画書をかなに見せる)これ、新しく発行する「克枯町 地域通貨」のデザイン案なんだが。
かな: ……え。
郷田: ホログラムって言うのかい? 偽造防止のピカピカしたやつに、どんな「顔」を入れるか、伊武ちゃんと相談してたんだわ。
伊武:そんで、このおかねを商店街で回して、経済を活性化させようって話だよ。かなさん……あんた、さっき変なこと言ってたな。会長の胸像がぐるぐる回るとか。
かな:(完璧な笑顔を浮かべ、全く動じていないように見せながら)いえ、ああ、あら、地域通貨!
郷田:お、おう……。
かな:どうせなら、会長さんのお顔をデザインに使うのも、インパクトがあって素敵だなあと意味で申し上げたんです。こう、ピカピカって。
郷田:(まんざらでもない顔で)え、そうかい? いや、さすがに自分ってのは……俺は銅像もやんなきゃだし。でも、シンボルにはなるか!
伊武:(かなに)おい、余計なことを言うな……。
かな:ふふふ、失礼しました。私、資料探しがありますので、これで。(優雅に一礼し、去っていく)
郷田:(かなの後ろ姿を見送りながら)……なあ、伊武ちゃん。今のかなさんの提案、アリじゃないか? 俺の顔がピカピカ……。
伊武:(うんざりした顔で)勝手にしろ。(企画書を郷田に押し付け、「夕日座」の中に戻っていく)
郷田:おい待てよ、伊武ちゃん! 回すついでに、こうホログラムで顔ごと回るってのはどうよ!?
(郷田の叫びのような大声が、のんびりとした商店街に虚しく響く)
(幕)
作・千早亭小倉






