コント「画数の重み」

【登場人物】
辻さゆり(塩):校正者。感情のノイズを排し、事実の整合性のみを愛する。
鴨下留美子:大家。事実よりも、その裏に流れる「物語」の情緒を重んじる。

【場面設定】
アパート「常磐荘」の入口。さゆりが、表の看板について留美子に詰め寄っている。

鴨下留美子:(手にコーヒーカップを持っている。カップから立ち上る湯気を細い指で追いながら)だからね、さゆりさん。あえて「常盤」の字を使ったのは、「皿」の軽みが愛おしかったからよ。「石」の重苦しさから、ここの住人たち(売れない小説家たち)を解放してあげたくて。

辻さゆり:意味が分かりません。

留美子:あら、そう? 「皿」という字の余白には、彼らの書きかけの言葉を乗せる余裕があるでしょう? ほんの一画、文字を削ることで生まれる、創作の「隙間」というか。

さゆり:留美子さん。

留美子:なあに?

さゆり:(手元の資料を指先で叩きながら)そもそも、前提が間違っています。

留美子:前提?

さゆり:あなたが情緒的に語っている「削られた一画」など、存在しません。常磐の「磐」も常盤の「盤」も、どちらも15画です。どちらかが14画だったり、15.1画だったりしませんから。。

留美子:15.1画なんてあるわけないでしょう?

さゆり:ものの例えです!

留美子:(持っていたスプーンを、カップの縁で小さく鳴らす)……え?

さゆり:え……って、聞いてました? 磐の「般」は10画で「石」は5画、盤の「般」は10画で「皿」は5画、どちらも合計15画です。留美子さんが「愛おしさ」や「軽やかさ」を求めて選んだその文字は、もう一方とまったく同じ重さです。

留美子:あら。あらあら……、14.9画でも15.1画でもなくということね。

さゆり:そうです。あなたが物語の「隙間」だと思い込んでいたものは、単なるあなたの数え間違いです。そして、登記上の名称と看板が一致していないという、救いようのない「不整合」だけが、今ここに物理的に残留しています。

留美子:(眼鏡を直し、少しだけ頬を染める)困ったわねえ。私の「素敵な解釈」が、算数で死んでしまったわ。

さゆり:死んだのではなく、元から存在しなかったんです。あ、コーヒー冷めますよ。

留美子:ふふっ。でも、さゆりさん。画数が同じだとしたら、なおさら「皿」の方がいいと思わない? 石の硬さも、皿の脆さも、実は同じ分量でできているなんて。それこそ、一つの物語じゃないかしら。

さゆり:その執念には、赤字を入れる余地もありませんね。

(了)

作・千早亭小倉

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