【登場人物】
恋流波 陽(ハル) :ここあん大学の学生。編集プロダクション「ぽんちょ」の元アルバイト。
真田 まる :「ものがたり屋」店主。他者の物語を預かる女性。
【場面設定】
夜。椎名町三丁目の路地裏、「ものがたり屋」。カウンターにはハルが座っている。まるは、使い込まれた急須からほうじ茶を注いでいる。

まる:で、ぽんちょのほうは、最近どないなん?
ハル:もう、時々顔を出すくらいですね。まるさんも小春さんもいないし、行ってもつまらないから。
まる:はあ(嘆息)、その調子のよさ、ちっとも治ってないみたいやな。ほな、今日はぽんちょの使いやないんやね。
ハル:まるさんのお店に興味があったんで。「いつか行きます」って、約束したでしょう?
まる:(ふふっと笑い)約束? 約束なら、「絶対行きます」って言うもんやろ? で、今日は何? 話、なんでも聞くで。
ハル:あれ、なんかそういうノリの店なんですか?
まる:聞いてたのと違う感じか? ウチの店、変な噂もいろいろあるみたいやしな。
ハル:(それには答えずに)で、どうすればいいんですか?
まる:好きにしたらええ。
(まる、自分の湯呑みを両手で包み、静かに頷く。ハルは手元の湯呑みの縁を指でなぞる)
ハル:(意を決したように、おもむろに話し出す)やっぱり、この話かなあ。もう、終わっちゃった話なんですけれど。僕の「センセイ」の話です。師と仰いで、それ以上に慕っていた……女性のことです。あるきっかけでその方と親しくなって。ああ、そのきっかけの話は長くなるんで、また。
まる:(頷いて)いまでも、また次でも、ハルの好きにな。
ハル:その人がある時、言ったんです。「自分には異性の友達がいない」って。
まる:(ほうじ茶を注ぐ手を一瞬だけ止め)へえ。その先生、そないに分厚い本でも読んで、自分の周りに壁でも作ってはるような人やったん?
ハル:大学は共学だったみたいですけど、同窓生は同期だっていうだけで、センセイの言う「友達」とは違うらしいんです。
まる:親しいから友達、っちゅうわけでもないしな。友達かどうかの基準なんて、人それぞれやわ。
ハル:だから、というか。センセイが、僕と親しくするにも、友達になること、それも「20年続く友達になること」にこだわりたいって言ったんです。
まる:20年。それは、ずいぶんとまた、きっちりした数字やね。ハルは、どう思ったん?
ハル:馬鹿みたいですけれど、その時は、あ、この関係が20年は続けられるんだって、うれしかったですね。僕、小さい頃から「お師匠さま」を探していたところがあって、それまで尊敬できる人がいなかったというと偉そうですけれど、心から師と呼べる人と出会えたらいいなって、ずっと。
まる:それまでは巡り会えんかった。ほんで、巡り合ってしもた、と。
ハル:勘違いだったのかもしれないけれど。でも、「巡り合ってしまった」って言葉は、センセイが最初に使ったんですよ。
(まる、小さく頷きながら、ハルの空になった湯呑みに新しいお茶を注ぐ)
まる:その「センセイ」にも、こんなハルに惹きつけられるものがあったってことやな。で、どんなお付き合いやったん?
ハル:「こんなハルにも」って。(笑いながら)最初、ほら、「やっと師匠に巡り合った」って気持ちだから、「センセイ」って呼んだら、「自分は、どこに行っても先生と呼ばれるから、あなたの先生はやらないわよ」って釘を刺されて。
まる:出鼻をくじかれたわけや。
ハル:ええ、まあ。でも、僕からしたら「友達」になれるだけでも、すごいわけで。
まる:尊敬してる相手なんやからな、そりゃそうや。で、どんなお付き合いやったん?
ハル:あ、ごめんなさい。話が飛んじゃって。
(まる、静かにかぶりをふる)
ハル:メールを毎日やり取りして、毎週のように会って、映画を見に行ったり、本屋をぶらぶらしたり。
まる:友達っていうか、それは、デートやないの。
ハル:(きっぱり)デートではないですね。別に付き合っているという感じはまったくなかったですし、手も握らなかった。でも、楽しかったんですよね。会えばくだらない話で毎回盛り上がるんですけど、お互い自由がきかないところもあるので、次はあれもしよう、いつかあれもしようって。センセイの笑顔もいっぱい見た。普段は、ほんと冷たい顔してるんですけどね。
まる:のろけるな。あれもこれもって、「旅行に行こう」とか、そういうこと?
ハル:そうそう。「一緒にあの映画の続編を見よう」とか、「いつか湯治場に行こう」とか。もう、「お互いの白髪が生えたら数えよう」みたいな、どうでもいいようなことまで。
まる:白髪て(笑)。えらい気の長い話やねぇ。20年以上かかるな。
ハル:ですよね。でも、僕がひとりで盛り上がってたわけじゃないんです。センセイのほうからもいろんなアイデアが出てきて、「はる、覚えといて」とか「ノートにでも書き留めておいて、はる」って言われて。
まる:「はる」って呼ばれてたんやね。
はる:サークルの連中がそう呼んでたから、「じゃあ、私もそう呼ぶ」みたいな感じで。その時の僕は、センセイとの約束事が増えていくのがうれしくて。これが20年計画か、って。
まる:友達20年計画。はると先生の「約束ノート」やね。
ハル:(頷く)一つ一つ書き留めていったら、すぐに何十個にもなって。数が多ければ多いほど、20年計画も現実味が増すというか。会えば会うだけ、話せば話すだけ、新しいアイデアが湧いてきて、減らないんですよね。たぶん……たぶんですけど、実行することや約束を守ることよりも、いい大人が二人で真剣に「20年分の計画」を考えている時間が、一番楽しかったんだと思います。馬鹿みたいですけどね。
まる:うん、まあ、まわりから見たらね。
ハル:でも、振り返ってみればその通りなんだろうけれど、ただの思いつきも、「約束ノート」に書いてしまうと、それは「約束手形」になるってことで。いつかそれに縛られるようになるというか。センセイのほうが、だんだん窮屈になってしまったのかな。
まる:真面目な人やったんやね。ノートに書いたことを、全部きっちり叶えなあかんって思てはったんかもな。
ハル:ちょっとぎくしゃくしてきた時、「なんとかしたいと思ってる」ってセンセイに言われて、それで、僕、ひどいこと言われた気になって、「それは、人としてどうなのかな」みたいに言い返してしまって。
まる:「なんとかしたい」……、ハルは先生がもう友達計画をやめたいって思ったと。
ハル:そうなんですよ。本当は、僕のことをいろいろ考えてくれてたみたいだったんですけど。その「人として」がどうもセンセイの急所だったというか、そんなことを言われないために約束を守らねばって、変なスイッチが入っちゃったみたいで。約束を守る理由が変わってしまったというか。
まる:どうせ、ハルのほうもそれまで「良い生徒」でおったんやろ? それが急に、「人としてどうよ」みたいに上からきたら、先生もたまげたやろな。
ハル:で、こっちはこっちで、センセイが「人として」って言葉に弱いんだって一度わかると、それをつい使ってしまうというか。
まる:嫌なやつやねぇ。
ハル:ええ。本当に、馬鹿で嫌なやつだったなって思います。
まる:それで、どうなったん?
ハル:そんな言葉、魔法の言葉でも必殺技でもないわけで。付き合ってもいないのに、僕のほうから「ここまでにしましょう」って言ったんです。そしたら、センセイがあまりにもあっさり承諾して。あっさりしすぎてて、え、それって、僕が一方的に縛ってたのかなあ、って。
まる:申し訳ない気持ちに?
ハル:逆です。頭にきちゃって(自嘲気味に笑う)。「やっぱり続けようよ」みたいな馬鹿なことを言って。
まる:頭に来たから?
ハル:そう。……本当に、馬鹿だったなって。
(静寂。遠くで路地裏を抜ける風の音がする。まるは、ほうじ茶を一口飲む)
まる:なあ、そのノート、どないしたん? 約束ノート。
ハル:どっか行っちゃいました。捨てた記憶はないので、探せばあるんだろうけど、探す気はないですね。
(まる、ハルの顔をじっと見る。ハルは手元の湯呑みを見ている)
まる:気持ちってのは、そういうもんやろね。
(ハル、手元の湯呑みを持ち上げ、冷めかけた茶をゆっくりと飲み干す)
ハル:ええ。本当に。
まる:ひとつだけ、聞いてええか? ハルの相手は、「センセイ」って呼ばれたくなかったんやろ? それにしては、最初からずーっと。
ハル:あ、「センセイ」連発してましたね。
まる:何回、言っとったかな。
ハル:はは、僕は友達ではなくて、先生がほしかったんでしょうね。
(了)
作・千早亭小倉
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