スケッチコメディ「お嬢様の宿題」

第1幕 プロジェクト・マニフェスト 

その部屋は、混沌カオスを具現化したような空間だった。 

壁一面を埋め尽くす巨大なホワイトボード。液体窒素で冷却されているであろう最新鋭のスーパーコンピュータ。その隣には、うまい棒が全種類詰め込まれた巨大なガラス瓶と、クマのぬいぐるみが鎮座している。 

そして部屋の隅には、なぜかカラフルな寝袋が四つ。 

「……うむ」 

最初に沈黙を破ったのは、ノー◯ル物理学賞受賞者、ドクター・シュタイン(68歳)だった。無精髭の生えた厳つい顔で、彼は己の置かれた状況を必死に理解しようと努めていた。 

「招待状には『人類の未来を左右する緊急プロジェクト』とあったはずだが……」 

「ええ、私はてっきり、暴走した軍事AIのシャットダウンかと」 

冷静に呟いたのは、AI研究の世界的権威、プロフェッサー・チェン(45歳)だ。彼はスーパーコンピュータの異常な性能を一目で見抜き、警戒を強めている。 

「あたしは国際指名手配の身なんだけど。こんなとこにホイホイ来ちゃっていいわけ?」 

気だるげにソファに寝そべっているのは、伝説のハッカー、マダム・ソフィー(32歳)。彼女の指先が虚空をなぞるだけで、世界の株価は乱高下する。 

そう、ここにいる三人は、それぞれの分野で頂点に立つ正真正銘の『天才』。そんな彼らを、厳重な警備の中、この謎の部屋に集結させた人物がいた。 

「みんなー! 来てくれてどうもありがとう!」 

天使の羽でも生えていそうなフリフリのドレスをまとった少女、東山ひがしやまキイロ(9歳)が、満面の笑みで部屋に駆け込んできた。世界経済を裏で牛耳る東山財閥の次期当主候補。見た目はどう見てもただの小学4年生である。 

「キイロ君、一体これは……」 

「うん! とっても緊急なの! キイロ、今とっても困ってるの!」 

その言葉に、3人の天才は息を呑んだ。この少女が「困っている」という事態は、すなわち世界の危機を意味する。シュタインは固唾を飲み、チェンは最適な解決策を脳内で検索し、ソフィーは少しだけ身を起こした。 

キイロは、小さな体で精一杯背伸びをすると、ホワイトボードにそれ用マジックペン(ピンク色)で高らかにプロジェクト名を書き付けた。 

『さいきょうの なつやすみの じゆうけんきゅう』 

「…………は?」 

3人の声が、綺麗にハモった。 

シュタインは国際会議を、チェンは次世代AIの最終調整を、ソフィーは南国でのバカンスを、それぞれすっぽかしてここに来ている。その結果が、これである。 

「ふざけるなーっ! ワシは素粒子の未来を語るはずだったのだぞ!」 

「マジか……。小学生の宿題のために身柄さらわれたの、あたし……」 

天才たちの絶叫が、クマのぬいぐるみに虚しく吸い込まれていった。 

第2幕 少女の絶対正義ロジック 

「理解できん! なにより、この程度、オンラインで十分だろうが! なぜ我々を物理的にこの部屋に集結させたのだ! この非効率が分からんのか!」 

シュタインが正論で吠える。当然だ。それぞれの研究室には最高の機材とスタッフが揃っている。わざわざこの「少女のおしごとべや」に缶詰になる理由など万に一つもない。 

しかし、キイロはきょとんとした顔で首をかしげた。 

「ダメだよ、シュタイン博士。ネットを使ったら、情報が漏れちゃうかもしれないじゃない」 

「情報漏洩……だと?」 

「そう! この自由研究は、東山財閥のトップシークレット。ライバルの西川にしかわグループに知られたら、絶対に真似されちゃうんだから!」 

小学生の自由研究を、国家機密レベルで警戒しているだと……? 天才たちの思考がフリーズする。 

キイロは、さらにキラキラした瞳で続けた。 

「それにね、すごいプロジェクトを成功させるのに一番大事なこと、知ってる? それはね……『チームビルディング』なの!」 

「チーム……ビルディング……?」 

「そう! キイロ、映画で観たもん! 天才たちが一つの部屋に集まって、夜も一緒に泊まり込みで頑張って、最後にみんなで朝日を見るの! それが最高のチームなのよ!」 

キイロはそう言って、部屋の隅に積まれたカラフルな寝袋を指さした。 

「だからね、これからみんなでパジャマパーティーだよ!」 

その瞬間、天才たちの脳内に張り巡らされた論理回路が、ブツリと焼き切れる音がした。 

セキュリティ意識と映画で得た知識という、小学生女子特有の最強ロジック。それらが融合した無敵の理論武装の前では、ノー◯ル賞学者の知性も、スーパーハッカーの技術も、何の意味もなさなかった。 

「我々は……友情を深めるために……集められたのか……?」 

プロフェッサー・チェンが、壊れた機械のように同じ言葉を繰り返していた。 

第3幕 そして天才は本気になる 

結局、少女の無邪気な圧に屈した天才たちは、それぞれのテーマに取り組むことになった。 

「ううむ……量子色力学の概念を、ままごとに例えるのはどうだろうか……いや、これではパパが理解できん…」 

シュタインは頭を抱えながら、「虹はどうして七色に見えるのか、くまのぬいぐるみにも分かるように説明する」という超難題に挑んでいた。その目は、いつしか素粒子の謎を探求していた頃と同じ輝きを取り戻している。 

「角の入射角が3度ずれるだけで、勝率は12%も変動する……! 面白い……実に面白いぞ、カブトムシ!」 

チェンはスパコンを駆使し、「カブトムシvsクワガタ」の戦闘シミュレーションに没頭していた。彼のAIは、今この瞬間、最強の昆虫を定義するために自己進化を始めている。 

「ふっ、学校のサーバーなんてザルよ。……よし、明日から一週間、給食のデザートはバス◯ーロ◯ンソン添えよ」 

ソフィーはノートPCを軽快に叩き、数分でハッキングを完了させていた。彼女に与えられた宿題は、「給食の献立をハッキングして、毎日いちごパフェにする」だった。最初は嫌がっていたくせに、その口元には確かな笑みが浮かんでいる。 

天才とは、どんなフィールドであれ、一度始めれば本気になってしまう生き物なのだ。 

キイロは、そんな彼らの横で満足げにポップコーンを頬張っていた。 

――そして、1週間後。 

目の下に深いクマを作りながらも、どこか達成感に満ちた表情の天才たちの前に、キイロが一枚の画用紙を持って走り込んできた。 

「みんな、大変だよーっ!」 

その声に、3人は「まさか、東山グループによからぬ事態が!?」と身構える。 

「きのうね、アサガオの観察日記を描いたら、先生にすっごく褒められちゃった! だから、自由研究はそれで出すことにしたの!」 

にこっ。 

悪意ゼロ、純度100%の天使の笑顔。 

「え……」 

「みんな、1週間ありがとうねっ!」 

パタパタと走り去っていくキイロの後ろ姿を呆然と見送った後、3人の天才たちは、糸の切れたマリオネットのように、その場に崩れ落ちた。 

彼らがこの一週間で生み出した超高度な研究成果が、世に出ることは、もうない。

もうない。もうない。もうない。

「キイロちゃん、このいちごパフェ、徒然士先生のテーブルにお願い」

神崎志乃ママのやわらかな声が、喫茶「小古庵」の店内に響く。

「ふふ、ママのいちごパフェ、美味しいですよね」

「キイロちゃん、今度は落とさないでね」

東山キイロは、カウンターのいちごパフェの器をトレイに乗せると、くるりと踵を返し、窓際の席に向かって軽やかなステップを踏んで進み出た。

気まぐれなパジャマパーティーの夜から十数年。東山財閥は「あれ」によりまさかの瓦解。パフェやコーヒーを落とさず、こぼさずに客の席に届けることが、女子大生東山キイロの現在の宿題である。

(幕)

作・千早亭小倉

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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