箱庭コント「稽古無限編」

【登場人物】
赤井 葵
:実力派女優。ストレートな感情表現をする劇団の起爆剤。
恋流波 陽こひるははる:主演俳優。ペルソナを使い分ける天性の役者。
南花さざんか おちば:個性派女優。真面目だが感覚がずれている。
徒 然士ただぜんじ:座付き作家。完璧な様式美を求め、永遠に戯曲の推敲を繰り返す。

【場面設定】
小古庵アトリエ村の公民館。劇団「かもかも」の稽古場。

赤井葵:なあ、うち、ふと思ったんやけど。この「雨のプラットホームでの別れ」の場面、もう半年くらい稽古してへんか。

恋流波陽:半年。いや、俺がこの劇団に入ってから、ずっとこの場面をやっている気がする。季節が何度か巡ったけれど、俺たちは常にこの架空の雨に打たれているんだ。

南花おちば:私、この場面のために流した仮想の涙の量が、ここあん湖の水量を越えた気がします。

:そもそも、うちらの本番っていつなん。「ぽんちょ」にチラシ制作を発注したって記憶も、おはぎはんがチケットさばいてるって記憶も、鴨下留美子はんが劇場押さえられないって騒いでた記憶も、ひとつもあらへんのやけど。

:本番。それは、俺たちが到達すべき幻の終着駅のことか。

:幻ちゃうわ。劇団なんやから、普通はお客さんの前で芝居するもんやろ。うちら、永遠にこの公民館で発声練習とエチュードを繰り返すだけの、地縛霊みたいになっとるで。

おちば:そういえば、私だけ鏡に映ってない気が。

:ひいー。

おちば:私のこの「絶望の肉球」メソッドは、一生誰の目にも触れず、成仏できないまま宙を彷徨うんですか。

:成仏できないのは俺たちだけじゃない。この空間そのものが、永遠のモラトリアムという檻に閉じ込められているんだよ。

(ドアが開き、徒然士が分厚い原稿の束を抱えて入ってくる)

徒然士:待たせたな、諸君。ついに、あの雨のプラットホームの場面の、決定稿が完成したぞ。

徒然つれづれ先生。それ、先月も、先々月も聞きましたわ。決定稿のバージョン28くらいちゃいますか。

徒然士:あだ名で呼ぶな。そもそも芸術とは、永遠なる推敲の連続なのだ。前回の稿では、主人公が傘を差す角度が右に五度傾いていたが、それでは実存の不安が表現しきれていなかった。今回は、傘を捨てて全身で雨を受け止める、完璧な様式美を構築したのだよ。

:傘を捨てる。つまり、また最初から立ち位置と感情の構築をやり直すということですね。

徒然士:いかにも。さあ、新鮮な絶望を胸に、第一場から始めようではないか。

:ちょっと待ってえな。そんなことばっかり繰り返してるから、うちら一生本番迎えられへんのや。先生の戯曲が永遠に完成せえへんのが、この無限ループの原因やろ。

徒然士:完成だと。愚かな。戯曲が完成し、舞台の幕が上がりそして下りてしまえば、そこには何が残る。消費された物語の残骸だけだ。我々がこうして、永遠に未完の美を追求し続けるこの稽古場こそが、真の芸術空間なのだよ。

:幕の上がり下がりがえらく簡単やな。

おちば:つまり、本番は永遠に来ないということですか。

徒然士:本番という俗悪な評価の場など不要だ。観客の無理解な視線に晒されれば、私の完璧な様式美に傷がつく。我々は、この完璧な停滞の中でこそ、永遠の命を得るのだ。

:なるほど。俺たちは、終わらない稽古という名の舞台で、永遠に未完の役者を演じ続けるわけだ。悪くないね。

:悪くないことあるか。うちの情熱、どこにぶつけたらええねん。

徒然士:情熱は、この空間の湿度を高めるために使え。さあ、位置について。

おちば:私は、とりあえず発声練習を続けます。あ、え、い、う、え、お、あ、お。

:誰か、この無限地獄からうちを助け出してえな。ちょんまげ生えるわ。

徒然士:他人の口癖を奪うな。本当にちょんまげが生えるわ。

(幕)

※南花おちばの「肉球メソッド」:おちばが提唱する独自の演技手法です。ゆるキャラちいにゃんの「中の人」の経験を原点とし、絶望の場面であえて両拳(肉球)を胸の前で握りしめ、一抹の可愛らしさを残します。これにより観客の庇護欲を喚起し、言葉にならない悲しみを視覚的に伝達する狙いがあります。

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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