【登場人物】
ぺらいちまい(えんぴつ): 文士気取りで自意識過剰な20代男性。高尚な言葉で自分を正当化しようとするが、みじめな現実や生活感のせいで底の浅さが丸見えになる、映像制作チームの脚本担当。
とりみんこ(ハサミ): 映像制作の編集を担当するドライな現実主義者の20代女性。男性陣の過剰な自意識や無駄なこだわりを冷酷な正論でバッサリ切り捨てる、チームの実質的な支配者。
【場面設定】
シェアハウスの居間。テーブルの上に開けかけのペットボトルが置かれている。 とりみんこはスマートフォンの画面を指で叩いており、残量表示は「17%」。 ぺらいちまいは右足を気にしながら、テーブルの上のボールペンを等間隔に並べ直している。

とりみんこ:ねえ、充電器どこ置いた? あと十七パーしかないんだけど。
ぺらいちまい:知らないよ。それよりハサミ、君は人の人生の原初的な挫折について、耳を傾けたことはあるかい。
とりみんこ:ない。探して、早く。
ぺらいちまい:高校の頃さ。僕は美術部にいたんだ。
とりみんこ:初耳だし、どうでもいい。
ぺらいちまい:部員が八人いてね。僕以外の全員が、通知表の美術の評定で「5」をもらっていた。僕だけが「3」だったんだ。
とりみんこ:妥当じゃん。センスなかったんでしょ。
ぺらいちまい:違う。あれは感性の衝突だったんだ。学園祭の課題で油絵を描くことになってね。僕は立ち並ぶビルの向こう側に、巨大な恐竜みたいな影がそびえ立つ構図を描いた。すると顧問の教師が、ひどく苦虫を噛み潰したような顔をしたのさ。
とりみんこ:下手だったからでしょ。
ぺらいちまい:そうじゃない。部で一番絵が上手いとされていた同級生も、似たような絵を描いて絶賛されていたんだ。つまりだ、教師は恐れたのさ。僕の持つ異端のひらめきが、その優等生に悪影響を及ぼすことをね。
とりみんこ:ただの下手くそを真似されたら困るから止めたかっただけでしょ。あと、靴下直すのやめて。さっきから右足ばっかり気にしてて目障り。
ぺらいちまい:かかとがズレるんだよ、歩くたびに。まあいい。話はここからだ。ある時期、僕たちの美術部は、道路を挟んだ向かいの女子校と合同交流会をすることになった。
とりみんこ:へえ。急に色気出してきたね。
ぺらいちまい:いや、全然。なぜか集まった瞬間から油絵の話なんて誰もしなくなって、全員で漫画の描き方を教え合う会になったんだ。
とりみんこ:女子高生と漫画描きたかっただけじゃん。絵の具どこ行ったのよ。
ぺらいちまい:僕は真面目だったよ。女子と話すどころじゃない。さっき話た、美術部で一番絵が上手いやつの横に行って、ずっと抱えていた疑問をぶつけたんだ。
とりみんこ:何を? 靴下が気になるんですって?
ぺらいちまい:(それには応えず)僕は当時、宇宙SF漫画を描いていた。だが、どうしてもメインの舞台となる宇宙船が宇宙船に見えないんだ。灰色の塊というか、焼き色の薄いコッペパンみたいになってしまう。だから聞いたのさ。「お前、金属の質感をどうやって出してるんだ? 僕の宇宙船はどう見てもコッペパンなんだ」とね。
とりみんこ:で、なんて?
ぺらいちまい:そいつは、女子高生たちに囲まれながら、事も無げに言ったんだ。「えんぴつ、僕はそう見えるように描いてるんだよ」とね。
とりみんこ:……。
ぺらいちまい:打ちのめされたよ。そう見えるように描く。それはまるで、言葉の重みを知らない人間が、ただ音として歌を歌うようなものだ。技法ではなく、世界の捉え方の違いを見せつけられた。こいつにはかなわない、とね。
とりみんこ:……えんぴつ。
ぺらいちまい:なんだい。
とりみんこ:その彼、めちゃくちゃ真っ当なこと言ってるじゃん。
ぺらいちまい:えっ?
とりみんこ:金属に見えるように描くのが絵を描く人の仕事でしょ。金属に見えないコッペパン描いて宇宙船だって言い張ってるあんたは、ただサボってただけじゃん。
ぺらいちまい:サボってなどいない! ただ、コッペパンに見えたっていいじゃないかと思えなかったんだ。
とりみんこ:あと、さっき、美術部の先生が「悪影響を恐れた」とか言ってたけど、それ絶対に「えんぴつの真似だけはするな、成績下がるぞ」って優等生を守ろうとしただけだからね。
ぺらいちまい:……。
(ぺらいちまいは無言になり、テーブルの上に並べていたボールペンを、親指でカチッと一度だけノックする)
とりみんこ:ノックしないで。耳障り。
ぺらいちまい:……今、大切な何かが少し減った気がする。
とりみんこ:減ったのは私のバッテリーだよ! 残り十六パーになってるじゃん! 充電器、早く見つけて!
(幕)
作・千早亭小倉



