居酒屋「ここきた」は、小古庵地区と活田地区の境界に位置し、急な外階段を上った先にある創業40年を超える老舗です。ここあん村が見舞われた「あのこと」以前は、この階段の下に活田地区の路地裏が広がっていましたが、「あのこと」によって活田の街並みが水没したため、お店自体は同じ場所にありながら、現在はここあん湖の水際に建つ形となっています。
落語家の酔酔亭馬楼が「あのこと」以前によく転がり落ちていたこの外階段は、湖底に沈んだ村の過去と、湖畔となった現在をそのままの姿で繋ぐノスタルジックな舞台装置でもあります。

のれんをくぐると、一部のチェーン店にある均一さとは無縁の、手仕事の温もりに満ちた空間が広がっています。壁面はなだらかなコテの跡が残る塗り壁で、天井には太い梁が渡されています。店内を均一に照らすのではなく、低い位置に吊り下げられた小さなペンダントライトや裸電球がそれぞれの席を優しく照らし出し、落ち着いた陰影を生み出しています。
お店の主役は、厨房をぐるりと囲むL字型の立派なカウンターです。自然な木の輪郭や使い込まれた風合いを残す古材が使われたこのカウンターは、店主である「ラブちゃん」こと渡良瀬愛子ママが、一人で効率よく切り盛りしつつ、隅々まで目が届くように設計されています。愛子ママが調理する音や、漂う出汁の香りは、カウンターのどこに座っていても心地よく伝わってきます。また、左側の壁に沿って設けられた一体型のベンチシートの客席は、短い和紙ののれんや粗く削り出した木の格子で緩やかに仕切られており、他のお客様の視線を気にせず落ち着いた時間を過ごすことができます。
壁には手書きのメニュー札が賑やかに並びます。情に厚い愛子ママが一人で丁寧に仕上げる料理はどれも絶品ですが、中でも大鍋で作られる名物「ラブちゃんの筑前煮」は、味が染みていて心まで温まると評判です。この心のこもった料理と、フロアを立ち働くアルバイトの女子大生・中野楓子の屈託のない笑顔が、この手作りの空間にさらなる活気をもたらしています。
店内には、40年前に作られた自主映画の手描きポスターが今も貼られており、活田地区の路地裏時代から変わらないこの場所で、かつて学生だった恋流波東彦たちの青春時代と、現代の聖林太郎たちの物語が静かに交差しています。木の温もりと人の温かさが調和した「ここきた」は、日常の賑わいの中で美味しい食事と会話を楽しみながら、誰もが「ここに来てよかった」と思える魅力に溢れた一軒です。
ちなみに、どこか懐かしさの店にふさわしく(?)、今も支払いは現金のみ受け付けです。
ラブちゃん(渡良瀬愛子ママ)
アルバイト 中野楓子
居酒屋「ここきた」が舞台となるものがたりやコント
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