コント「駄文メーカー」

文芸部室の空気が張り詰めている。

「駄文!」

文芸部部長である黒崎文の怒声が響き渡った。彼女は手にした原稿用紙を机に叩きつけ、部員の神崎一樹を睨みつける。

「一樹、あんたの文章はいつもくどい。情報を詰め込みすぎている」

神崎は、人間の心理や行動原理をデータとして分析・再構築することに長けているという自負があるだけに、黒崎のピリピリした言葉に対して、冷静に反論した。

「部長の指摘は非論理的です。僕は与えられた情報を正確に構造化し、読者に誤解を与えないよう最適化しているだけですが」

「それがくどいと言っているの。いいわ、テストしてあげる。堂島、あんたも参加しなさい」

空間分析家であり、常に客観的な第三極である堂島巧が、顔を上げる。

黒崎はホワイトボードの前に立ち、チョークで箇条書きにしていく。

「登場人物の名前は、ええと『山田』でいいわ。彼は大学教授であり、小説家でもある。その山田が自分の受け持ちの講義『アメリカ文学史』を終えたあと、大学を出て、有楽町に急ぐ。移動手段は、タクシーよ。持ち物は、新作の原稿。原稿は茶封筒(クラフト封筒)に入っている。さあ、これを一文で書きなさい」

数分ののち、堂島と神崎がそれぞれのノートを提示した。 まずは堂島の文章である。

大学教授であり小説家でもある山田は、自身の担当する「アメリカ文学史」の講義を終えると、新作の原稿が入った茶封筒を手に大学を後にし、タクシーに乗って有楽町へと急いだ。

「まあ、及第点ね」黒崎は頷く。「無難に情報を整理できている」

次に、神崎の文章を見た黒崎が声を荒らげた。

大学教授でありながら小説家としての顔も併せ持つ山田は、自身の受け持ちである「アメリカ文学史」の講義を終えるや否や、書き上げたばかりの新作原稿を収めた茶封筒をしっかりと手に握りしめて足早に大学を後にすると、そのままタクシーに乗り込み、一路有楽町へと急いだ。

「駄文!」

黒崎が机を叩いた。

「どうしてこう、不自然なくらいくどくするの。「顔も併せ持つ」だの「しっかりと手に握りしめて」だの、装飾過多でスピード感が完全に死んでいるわ」

「状況の解像度を上げるための、必要な修飾です」神崎は食い下がる。「情報を一つも漏らさず、かつ情景を明確に定義するにはこれが最適解のはずです」

黒崎はため息をつき、チョークを手に取った。

「あんたには、プロの引き算というものを教えてあげる。はい、ネタバラシね。元は、筒井康隆の『文学部唯野教授』の一文よ。見て」

黒崎がホワイトボードに書いたのは、次の一文だった。

「アメリカ文学史」の講義を終えると、山田は新作の原稿が入ったクラフトの封筒を持って有楽町へとタクシーを飛ばした。

そして、黒崎は、山田の文字を消し、唯野と書き換えた。

それを見た神崎が、即座に指摘する。

「え、待ってください。『大学教授であり、小説家でもある』という前提条件のデータが完全に欠落しています。これでは指示違反ですよ」

「だからあんたは素人なのよ」黒崎は鼻で笑う。「『アメリカ文学史の講義』をしていて、『新作の原稿』を持っている。この二つの単語だけで、彼が大学教授であり、小説家であることは読者に暗示されているの。直接的な説明を削ぎ落とすことで、読者の想像力が入り込む余白が生まれる。そして『タクシーを飛ばした』という動詞の選択。有楽町へ急いでいるという切迫感が、短い文字数の中で高まっているわ。これこそが、文章のテンポとスピード感よ」

「暗示。情報の意図的な欠落が、かえって疾走感と読者の参加を促すというのか」

神崎は目を見開き、自身のデータモデルが大きく書き換えられるのを実感していた。

「物理法則と空間認識の観点からも、この一文は興味深いな」

静謐なるツッコミ役である堂島が、淡々とした口調で口を挟んだ。

「当然だが、質量1トンを超えるタクシーを物理的に空へ『飛ばす』ことは不可能だ。さらに言えば、『飛ばした』という動詞に対して主語が山田であるため、三次元空間の設計図としては『山田自身がタクシーのハンドルを握り、猛スピードで運転している』という構造的エラーを引き起こす」

「なるほど。深刻な描写バグですね」神崎が頷く。

「いや、違う」堂島は首を振った。「乗客である大学教授が自らタクシーを運転するはずがないため、読者の脳内で『運転手に指示を出して急がせた』という状況へ瞬時に自動補正されるんだ。一見すると物理法則を無視したエラー構文に見せかけて、誤解を生むことなく情景の処理速度だけを劇的に引き上げている。見事なプロトコルだ」

「……まあ、そういうことよ」堂島の面倒くさい解説に黒崎は少しだけ顔をしかめたが、すぐにコホンと咳払いをしてマーカーを置いた。

「確かに、もともとのお題の出し方に問題があったかもしれないけれど、文学において説明過多は罪よ。敬愛するチャールズ・ブコウスキーも言っているわ。言葉は削ぎ落としてこそ、初めてうまいウオツカになるってね」

「ブコウスキーがそんなことを言ったというデータは確認できませんが」

「うるさい、駄文メーカー!」

(幕)

作・千早亭小倉

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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