【登場人物】
真木 まき:ここあん村図書館副館長。知識の宝庫であり、メルヘンとミニマリストの気質を持つ。
芳野 結衣:同図書館のアーカイブ担当。緻密な職人気質で、情報の秩序を重んじる。
【場面設定】
ここあん村図書館のスタッフルーム。テーブルの上には小皿に出された素焼きのアーモンド。

真木まき:結衣ちゃん、アーモンド食べない?
芳野結衣:あ、いただきます。(一粒かじる)カリッとして、香ばしいですね。
まき:結衣ちゃん、最近ずっと地下のアーカイブ室にこもってるから。太陽の光、浴びないとだよ?
結衣:地域資料の分類、どうしても今週中に終わらせたくて。古い和綴じの本って、カビと埃が混ざったような匂いがして、触ってるとつい時間を忘れちゃうんです。
まき:昔の世界に飛んじゃう? でもね、昨日なんてデスクの上に突っ伏して寝ていたじゃない。完全にバタンキューだったわよ。
結衣:ち、違います、あれはバタンキューではありません。情報の整理が脳の処理能力を超えたので、一時的にシステムを休止させていただけです。
まき:それを世間ではバタンキューって言うの。
結衣:バタンキューは、倒れ込む様子と気を失う音を合わせた言葉です。私のように情報の秩序を守る人間が、 それを放棄して倒れ込むわけがありません。ちゃんと腕を枕にして、計画的に目を閉じたんです。
まき:ねえねえ、そのアーモンド。
結衣:まきさん、聞いてます?
まき:(気にせずに話を続ける)古い呼び方で「巴旦杏」って言うのよ。知ってた?
結衣:たしか、ペルシャ語の「バーダーム」が語源で、アーモンドやスモモを指す言葉ですね。
まき:そうそう。「巴旦杏」はね、はたんきょうとも言うけど、ばたんきょうとも読むんだって。
結衣:(怪訝そうに)それが、何か?
まき:バタンキューに似てるでしょ。ふふ、ふふふ。
結衣:ふふ、って。音は似てますけど、語源的な繋がりは一切ありません。巴旦杏は植物の名称で、バタンキューはただの俗語です。一緒にするのはどうかと。
まき:でも結衣ちゃん、さっきからその「ばたんきょう」を齧りながら、目がとろんとしてるわよ。「ばたんきょう」で「ばたんきゅう」?
結衣:からかわないでください。というか、副館長の世界に引き込まないで。
まき:ふふふ。おいでおいで。
結衣:ほんとにもう。私の目がとろんとしているのは生まれつ……いえ、硬いものを噛むことで副交感神経が刺激されて、リラックスしたためです。決して眠いわけでは。
まき:無理しないで、もう一個食べなされ、ばたんきょう。ほれ、ばたんきょうを。
結衣:いただきますけども。でも、これでエネルギーを入れたら、また古い紙の山に戻りますからね。
まき:はいはい。戻りなされ、戻りなされ。
結衣:もう、からかうのはやめてください。でも、これ、塩加減がちょうどよくて、美味しいですね。
まき:でしょ。私の引き出し、何もないミニマリスト仕様だけど、 これだけは常備してるのよ。
結衣:じゃあ、もう一粒だけ。カリッ。
まき:結衣ちゃん、落語の「もう半分」って知ってる?
結衣:知ってます、知ってます。
(ふたりの話はつきない)
(幕)
作・千早亭小倉
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