【登場人物】
べんべん:ガールズバンド「栗きんとん99」のベース担当。居酒屋「あちこち」の娘で、面倒見の良すぎる「若女将気質」。自分の奏でる音が「人の良さ」を隠しきれず、泥臭さのない爽やかな音になってしまうことに絶望している。
コヒョンさん(クリオネ形態):夜のここあん村を浮遊する謎の存在。人の吐き出す「毒(悪態)」が大好物。
【場面設定】 午前3時、東風公園。べんべんが、昼間の「若女将気質」を脱ぎ捨て、這いずるような泥臭い低音を出すために自分を追い込んでいる。

べんべん :(ベースを力任せに弾く)だめ。全然、だめ。音が「いつもありがとうございます」って言ってる。どうして私のベースは「人の良さ」が滲み出ちゃうのよ。もっとこう、腹の底から這いずるような、ドロドロした重低音が欲しいのに!
(べんべん、周囲を警戒しながら、ノートを取り出す)
べんべん :よし、吐き出すわよ。(ノートに書かれていることを読み上げる)「ツケを溜め込んだまま飲みに来る常連客!」「それを許しちゃうお父さんのお人好し!」「ライブの打ち上げで最後まで片付けしないうちのバンドのメンバーども!」みんなそろって呪われろ! あと、「だいたい、筑前煮の具も大きすぎるのよ!」
(コヒョンさんが、暗闇からヌッと現れる。べんべんの周囲に漂う「悪意の霧」を吸い込み始める。べんべんは、目をつぶって、うんうんとうなずきながらベースを弾いているので、コヒョンさんの存在には気づかない)
べんべん:お、これこれ。今の悪態で、音に少し深みというか……(ところが、ベースの音が消えていく刹那、次々にキラキラした透明感のある音に変わる)……は?
(コヒョンさん、もぐもぐと空中を食べている。満足そうにくねくねと踊る。ベンベンはまだ、コヒョンさんの存在に気づかない)
べんべん :ちょっと待ってよ。なによ今の「ポーン」って音。天使のハープかと思ったわ。(口をもぐもぐさせているコヒョンさんの存在に気づく)え、あんたが食べてるのって、もしかして、いま私の吐いた毒?
(コヒョンさん、べんべんに嬉しそうに近寄り、口元をじっと見る。もっと「おかわり」が欲しい様子)
べんべん :やめて! 返して、私のドロドロした負の感情を! あれがないと、私のベースはただの「心地よいBGM」になっちゃうのよ!
(コヒョンさん、お構いなしに、べんべんが最後に吐き出した「筑前煮の具が大きすぎるのよ!」という小規模な悪態を吸い込む)
べんべん :(ベースを弾く。悪態をついていないので、清らかな朝露のような音が響く)最悪。音がどんどん浄化されていく。なにこれ、もういいわよ! こうなったら、究極の悪態を吐いて、あなたの胃袋をパンクさせてやるわ!
(べんべん、激しくののしり始めるが、そのたびにコヒョンさんが高速で毒を回収し、ベースの音はどんどん神聖さを増していく)
べんべん :(膝をつく)負けたわ。私の毒じゃ、この「浄化マシン」には勝てない。
(コヒョンさん、お腹をさすりながら、満足げに夜の闇へ消えていく。べんべんが虚無感に包まれながら、美しすぎる音色で一音弾く。コヒョンさんはその音にはまったく反応しない)
べんべん :これじゃ、明日も「面倒見のいい若女将キャラ」をやるしかないじゃないのさ。
(幕)
作・千早亭小倉
![[公式]千早亭小倉の世界 | ここあん村案内所](https://atelier-cocoan.com/wp-content/uploads/2026/04/20260410_125128.jpg)



