箱庭コント「映画マニアのモアベターな黄昏」

【登場人物】 
聖 林太郎
:ここあん大学学生。自主映画サークル「アーヌエヌエ」の元幹事長。
岸辺 義道:ここあん大学学生。「アーヌエヌエ」所属。斜に構えた批評家気質だが、映画制作への情熱は熱い。
遠藤 薫子:ここあん大学学生。林太郎や義道の後輩部員。あざと可愛さを装うが、特撮映画を愛する論理的な野心家。

【場面設定】 
ここあん大学早稲田キャンパス、学生会館4階。埃の匂いが漂う自主映画サークル「アーヌエヌエ」の部室。壁には「映画の話、厳禁!」と書かれた古い張り紙がある。

聖林太郎:エリザベス・モンゴメリー。(『奥様は魔女の』効果音とともに鼻をクシュクシュ動かす)

岸辺義道:リー・マーヴィン。「……プロの世界には二種類の人間しかいない。お前みたいなバカと、俺だ」。

林太郎:バカはお前だ。「ン」がついたぞ。

義道:「ン」で終わった場合、ひとつ前の文字に戻って続けてもええというルールやろう? マーヴィンの「ヴィ」。日本語読みやから「ビ」でもええで、許したる。

林太郎:なんだその上からの言い訳は。「ヴィ」で行くに決まってる。ヴィルモス・スィグモンド。(『未知との遭遇』の交信メロディを口ずさむ)「タ・テ・ト・ト・ト〜♪」。

義道:撮影監督との遭遇やな。ド、ド、ドン・シーゲル。「Did he fire six shots or only five?」。

林太郎:英語は関西弁にならんのか? シーゲルなら、ル、ルチオ・フルチ。(おどろおどろしく)「絶対に地下室の扉を開けるな……」。

義道:きえええ。チェッキー・カリョ。「ボブだ。掃除屋(クリーナー)を呼べ」。

林太郎:来たー、ニキータ―、来たよーリス・イヴェンス。(沈黙)

義道:何黙っとるねん。アムステルダムに降る雨音でも再現せんかい? ス……スタン・ウィンストン!「I’ll be back」。

林太郎:「ン」だからひとつ戻って「ト」。トビー・フーパー!「(チェーンソーのエンジン音)ヴィィィィィン!!」。

遠藤薫子:(ノートパソコンをパタンと閉じて)先輩たち、さっきから何なんですか。壁の張り紙、見えませんか。部室は、「映画の話、厳禁!」ですよ。

林太郎:薫子ちゃん、誤解しないでほしいな。俺たちは映画の話など一切してないじゃないか。名詞と、ちょっとした音声を出しているだけだ。

薫子:「ン」がついたらひとつ戻ったり、「ヴィ」を「ビ」と同じ扱いにしたり、原語のスペルへの敬意がないご都合主義なルール。おまけに、名前の後に代表作のセリフやSEを口走るのも、ひたすら耳障りです。どう見てもB級映画の監督や裏方のマニアックな固有名詞でマウントを取り合っているだけでしょう。

義道:マウントやない。それ以前に、B級でもない。

薫子:B級と言ったのは撤回します。ただ、(ため息をつき)いいですか。背後にある文脈を共有し、互いの知識量を測り合っている時点で、明白なコミュニケーションです。先輩たちは、禁止されている「映画のうんちく自慢」を、文法を省いた不格好な形で実行しているだけですよ。

林太郎:……。

義道:……。

薫子:そんなに知識をぶつけ合いたいなら、私だって参加しますよ。

(林太郎と義道が目を輝かせる)

薫子:林太郎先輩の「トビー・フーパー」の続きですから、「パー」か「パ」ですね。パット・ヒングル。「バットシグナルを点灯させろ!」。

義道:薫子本部長! ル、ルチアーノ・トヴォリ!「(『サスペリア』の不気味な囁き声を真似る)シュクシュク……」。

薫子:似てない! 決してひとりでは似ないでください。

林太郎:薫子ちゃん、ボケてないで先に行って。

薫子:リチャード・エドランド。(R2-D2の電子音を完璧に再現する)「ピプー、ピーロロロ」。似てる!

義道:くやしい!

林太郎:うるさい! 「彼の瞳の奥にあったのは、純粋な悪だ……」、ド、ドナルド・プレザンス。

薫子:ふふ、ハッピーエンドの瞳じゃなくていいんですか、先輩? ええと、スティーヴン・ノリントン。(空を切り裂く音)「シュパッ」。

義道:「ン」やからひとつ戻って「ト」。ト……トム・サヴィーニ!「俺のマグナムが……」。

薫子:(みなまで言わせず)ニコラス・ローグ。「赤いコートの子供を……」。

林太郎:(やはり、みなまで言わせず)グ……グレン・クローズ!「私は絶対に無視されない女よ!」。

薫子:メジャー過ぎます、林太郎先輩は失格。

林太郎:危険過ぎたか、くそっ!

義道:俺が仇を取ったる。「グ」やな……グアルティエロ・ヤコペッティ!

薫子:(静かに『世界残酷物語』の主題歌「モア」の美しく物悲しいメロディをハミングし始める)「ふふふ〜ん、ふふ〜ふふん〜♪」。

林太郎:美しい。人間の残酷さを暴くドキュメンタリーにして、あの、甘美なメロディ!

義道:ちっ、ハミングでマウントを取ってきよった……!

薫子:(ハミングを終え、冷ややかに)ティツィアーノ・スクラヴィ。「(ゾンビの呻き声を真似て)アァァ……」。

義道:ティツィアーノ・スクラヴィ?

薫子:『デモンズ’95』の原作者です。(自信が無いのかやや小声)

義道:ほんまかいな。ヴィ……ビ……ビ、ヴィ……。

薫子:どうしました? 名台詞が出ませんか? 日本語読みの「ビ」で繋いでも構いませんよ。5秒経過で時間切れですが。

義道:5秒? そんなピッチクロック制、いつから採用したんや。……降参や。

薫子:マニアックな知識で武装しても、いざという時の反射神経が伴っていなければ、ただの知識のメタボリック症候群ですよ。では、おしゃべりは終わりです。私は作業に戻りますので、静かにしてくださいね。

(薫子がタイピングを再開する。聖と義道は気まずそうに黙り込む)

(幕)

作・千早亭小倉

[コント台本・小説500本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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