【登場人物】
権田 猛:ここあん大学院生。技術地政学×未来学を専攻。日常の些細な出来事に大国間の陰謀を見出すパラサイト。
平泉 慧:ここあん大学院生。理論物理学を専攻。エネルギー保存の法則を遵守し、無駄な動きを極端に嫌う。
花野 環奈:ここあん大学院生。古生物学を専攻。万物を地質学的なスケールで捉え、人間の悩みを誤差として処理する。
【場面設定】
ここあん大学早稲田サテライトキャンパス地下一階。学生ラウンジ「アンコンフォーミティ」。権田が息を切らせて部屋に入ってくる。

権田猛:おい、お前ら! 歴史の闇に隠された巨大な陰謀を発見してしまった!
(権田がスマートフォンを突き出す)
花野環奈:うるさいなあ。せっかくジュラ紀の夢を見てたのに。
平泉慧:声のボリュームを下げて。空気が無駄に振動して室温が上がるわ。
猛:聞いて驚け。1582年、ローマ教皇グレゴリウス13世が、カレンダーから10日間を丸ごと消し去っていたんだ! これは間違いなく、世界を操る組織が不都合な真実を隠蔽した証拠だ!
慧:ただの暦の修正ね。ユリウス暦と太陽の公転周期のズレを合わせただけでしょ。至極真っ当な物理的調整だよ。陰謀の入り込む余地はないわ。
環奈:そもそも10日って何。地質年代のスケールから見たら、10日なんて完全に同時期に起きた誤差の範囲だよ。地層の厚さにもならない。
猛:考えが甘ぁい! 日本だって明治5年に、約30日分を丸ごと消滅させているんだぞ! 表向きは「うるう月による役人の給料13回分を12回分で済ませるためのコストカット」だとされている。だが、そんなケチ臭い理由で国家の時間を操作するはずがない! 暗黒国家の関与は明らかだ!
慧:いや、極めて合理的だわ。財政難というシステム崩壊を防ぐために、暦という仮想のパラメータを書き換えて支出エネルギーを削減する。見事な省エネ戦略ね。私も自分の基礎代謝をスキップして食費を浮かせたいわ。
環奈:いいなあ、明治政府。私もカレンダーをスキップして、明日のゼミ発表を歴史から消滅させたいよ。
猛:お前ら、権力者に時間を操作されることの恐ろしさが分からんのか! 気づかないうちに、我々の寿命まで操作されているかもしれないんだぞ!
慧:寿命という概念もただのエントロピーの増大よ。時間を操作できるなら、私の睡眠時間を強制的に3倍に引き伸ばす法案を通してほしいわ。
環奈:私は毎日を「泥曜日」として認識してるから、カレンダーがどう書き換えられてもノーダメージ。人類の存在自体が、地球の歴史におけるちょっとした誤差だしね。
猛:くそっ、くそっ、くそーっ。このラウンジはすでに思考操作されている! 俺は叔父貴のスーパーのバックヤードに戻って、ネギの品出しをしながらこの真実をネットで告発してくる!
(権田が踵を返し、足早にラウンジを出ていく)
慧:ドアは静かに閉めて。エネルギーが逃げるから。
環奈:権田ぁ、次来る時に人生のクッキー買ってきて。
慧:人生のクッキー?
環奈:ああ、「人生」は、権田のおじさんがやってるスーパーの名前。
慧:聞くんじゃなかった。
(幕)
作・千早亭小倉
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